〔連載:クリエイターのお仕事インタビュー #006〕
取材・テキスト/中山 薫
SFアニメやゲームの動画で使う武器などのデザインを得意とするコンセプトアーティスト、絵を描くPETERさん。『エヴァンゲリオン』などで知られる㈱カラーとも仕事をするなど、着実にキャリアを築き上げている 。アーティストとして独自性を強化していくための視点などを伺った。
【Profile】
絵を描くPETER
1995年生まれ。金沢美術工芸大学彫刻科に進学し、在学中にコンセプトアーティストとして活動を始める。子どもの頃、飛行機デッサンの楽しさに取り憑かれ、現在も仕事の合間に鉛筆デッサンを続けている。2022年10月より放送開始の『機動戦士ガンダム 水星の魔女』ではプロップデザインを中心に担当。
始まりは、子どもの頃から好きで得意だった飛行機の絵
--PETERさんの経歴について教えていただけますか。
PETER:子どもの頃から絵を描くのが好きで、デッサンも得意でした。ペンで架空の飛行機を描くことがライフワークになったのは、5歳くらいの頃です。
「芸術科」がある公立高校に入って彫刻を専攻し、金沢美術工芸大学の彫刻科に進みました。
彫刻自体はとても楽しかったんですが、現代美術は専門化が進みすぎていて限界を感じ、卒業を目前にして中退。
iPadを使い始めたことがきっかけで、デジタルでも飛行機の絵を描き始め、ツイッターに載せていたらMAX渡辺さん※の部下の方からいきなり仕事のオファーをいただいて、そこから絵を描くPETERとして現在の仕事をするようになりました。自分たちの世代は、SNS経由で仕事が受けられるようになった初めての世代じゃないかと思います。
※MAX渡辺:日本のプロモデラー。ガレージキット、アクションフィギュアなどを企画・製作する㈱マックスファクトリー代表。
--具体的にどんな仕事をされていますか?
PETER:アニメやゲームの動画で使うための乗り物や銃などの武器、ヘッドホンなど身の回りのツール、建築物など何でもデザインしています。
2021年にテレビ放映された『ワンダーエッグ・プライオリティ』というアニメの中で使われる武器のデザインを担当しました。Netflixで配信されたEveさん※のMV(アニメ)の仕事で、㈱カラー※から依頼されたこともあります。僕がデザインしたものはアニメの中で3D化されることが多いんですが、カラーさんはその処理がすごくうまくて嬉しかったです。今も1〜2年後に公開予定のアニメに関わる仕事をしています。
※Eve:トイズファクトリー所属のミュージシャン。楽曲がアニメ『呪術廻戦』のオープニングテーマに起用されたことなどで知られる。
※㈱カラー:『エヴァンゲリオン』などで知られる、庵野秀明が代表を務めるアニメ製作会社。
余白を読み解く面白さを追求したい
--なぜ飛行機の絵ばかり描いていたんですか?
PETER:子どもの頃、クラスの中でドラゴンボールの絵を描いている人は4人ぐらいいるけれど、飛行機を描いているのは僕しかいなかった。これをやる限り、誰にも侵されないと思ったんです。これはすごく大事だと思っていて。
飛行機という物体が好きなのは、飛ぶためだけに限定されたモノだからです。車は走るだけでなく居住性もあったりして、ちょっと用途が広い。僕は尖っているモノが好きだし、人が使う前提で作られるモノは考えていないんです。
--ということは、突然現れた謎の飛行物体みたいなものでもいいとか?
PETER:そうです。人間が人間のために考えて作っているモノの逆張りというか。
--構造的に見て実際に動くかどうかは考えていないということですか。
PETER:実際の構造がどうなっているかより、どこに光が入っていると本物っぽく見えるかといったことのほうが興味があります。大半の人が様々なことを構造というよりは現象として見ると思うので。自分もそのうちの1人ですね。
以前は実在しない飛行機を、まるで写真のようにリアルに描くことに凝っていました。ないものをあるかのように描くと、見た人が「こんなのあったかな?」と文献を探したりして、頭を使ってくれるんです。
--フェイクの面白さですね!!
PETER:そうです。モノとして飛ばない形だけどギリギリ飛びそうなモノを描くんです(笑)。
--SFは表現に縛りがないので、どんどん面白いコンテンツが出てきそうですね。
PETER:SFって、時代を置き換えて今の日常と照らし合わせて考えるじゃないですか。たとえば『ブレードランナー』を見ていても、赤色灯みたいな現代との類似点を見つけると架空の乗り物だけど「パトカーなんだな」とかわかったりするじゃないですか。この余白を読み解くのがSFの面白さだと思うんです。
僕の場合、モチーフ本体じゃないほうを描くことで成立させるというような手法です。ドーナツを作る機械を作ったらドーナツの穴がもらえる!みたいな考え方。
たとえば自転車の空気入れが置いてある部屋の絵があったら、「この部屋に住んでる人は自転車を持ってるんだな」と思うじゃないですか。空気入れを置くだけで「自転車がある」ということにできる。
--すごく洒落がきいていて、海外でうけそうです!
PETER:確かに、海外のゲームの仕事も多いです。イギリス、スウェーデンとか。僕は言葉がわからないので、向こうの通訳さんとやりとりして納品しています。
「写経みたいなデッサン」がオリジナリティを育てる
--技法についてですが、手で絵を描くことと、デジタルで描くことの違いはありますか?
PETER:デッサンは今でも鉛筆で描くことが多いです。デジタルの利点はカラーチャートがあることぐらいだと思います。
僕は軽い色弱があって、デジタルで絵を描くまで、色を使うことはできないと思い込んでいたんですが、イラストアプリにはカラーチャートという機能があって、比率を勉強すれば色が使えると気づいて勉強しました。
光の色をリアルに描くには、光と同じ色でちょっと彩度を落とした影色をつけるといいとか。自分にはできないと思っていたことができるのがデジタルの利点です。
--描き直しや複写が簡単にできるという便利さもあるのでは。
PETER:短時間でたくさん描けるというのはありますね。モノとしての(紙に描いた)絵でなくても、スマホの画面で見るだけであまり心に残らない絵でもいいなと思うところもあります。残りすぎちゃうのも自分の理想とは遠い。ちょっと噛んで捨てられちゃうくらいでいい。
--ということは、壁紙的なものでもいいとか?
PETER:そうですね。高校生のとき、高画質な壁紙を集めるのが好きで。海外の人が描く皮肉めいたものが好きでした。
僕も昔、ちょっと恥ずかしいんですけどAppleのリンゴのロゴに歯型をつけてみたりとかしていました(笑)。
--自分の中だけのこだわりってみんな持っているけれど、PETERさんのようにうまく表現するにはどうしたらいいんでしょう。
PETER:やっぱり、基本的な画力は必要だと感じます。また、架空のモノを描く場合は、調和の取り方にちょっとだけセンスが求められるかもしれません。
僕は自分のニッチさというのは人にはわからないものだと思うから、僕の場合は愚直なレンダリングを心がけていて、変な光を入れたりしません。誰が見てもわかるよう心がけています。
本当は背景を描いてもいいんだけど、自分がそれを描くとチャチな絵になってしまうと思っているのでやりません。たとえば女の子の絵で、背景があって、空に何かが飛んでいて、というように要素がいっぱいある絵に自分が感動しない以上、自分はこれでやっていくしかありません。自分の好き嫌いに忠実でありたいので。
--ずーっとSNSで発信していてもあまりリアクションが得られないという場合は、やり方を見直したほうがいいでしょうか。
PETER:そもそも自分の絵を人に見られたいのか、単に自分が描きたいだけなのか、ということを突き詰めたらいいと思います。
「リアクションがない! ぐぬぬ」となる人は人に見られたい、受け入れられたいという欲求があるわけだから、極端な話、二次創作で版権絵を描けばいい。そこでまずは受け入れられたいという欲求を満たす。それがクリアできたら、自分が描きたいものを描いていく。
単に自分が描きたいだけなら、僕のようにデザインをやればいいと思うし、何でもいいから絵を描きたいという職人タイプなら、就職してとにかくたくさん絵を描けることが幸せだと思います。
とにかく自分の欲求を満たす行程を1つ1つ繰り返せばいい。尊大な目標はいらんなあというのが私見です。創作しなくても楽しく生きていく方法なんていくらでもありますし。
--「イラストやデザインの仕事はしたいけれど実力不足」と感じている人に対して、アドバイスはありますか?
PETER:まずはデッサンだと思います。画力を鍛えるうえで、デッサンっていちばん堅いことじゃないですか。本気でやるとめっちゃ飽きるんですよ。飽きた末に何をしだすかというと、考え始めるんですよ。
モチーフを描くときに線を描くけど、本物には線なんてないじゃないですか。「じゃ、これ何? この線は何で描くんだろう?」という疑問が湧いてくる。ヒマ(ゆとり)がある人ほど、デッサンや模写をやると、考えても意味ないだろうということを考える回数数が増える。その積み重ねがオリジナリティを生むと思うんです。
「10見て、1描く」でいいんです。モチーフを「うーん」と見たら点を打つ、また「うーん」と見て点を打つ、くらいでいいんです。「写経みたいに(無心になって)デッサンしてみたら?」と、勧めたいです。
2022.09.22