〔連載:クリエイターのお仕事インタビュー #003〕
取材・テキスト:中山 薫
『すぐ上達! 手と足の描き方 キャラクターをもっとリアルに! ぐんと躍動的に描く』(誠文堂新光社)の著者、株式会社アクアスター。同社の取締役・佐藤秀政さんと、メインで制作を担当されたビジュアルワークス部・市川一馬さんに、仕事の流れや早描きのコツなどを伺いました。
日本一のイラストレーター集団"を自負する会社、アクアスター
[会社情報]
㈱アクアスター https://www.aqua-star.co.jp
1991年に手描きで絵コンテを制作する会社としてスタート。クライアントワーク(企業の広告など)を中心に、現在はゲーム、アニメーション、マンガなどのビジュアル表現(イラストレーション)を核とするデジタルクリエイティブ事業を展開している。
--まず佐藤さんにお聞きします。アクアスターはどのような会社でしょうか?
佐藤:社名が表に出ることは少ないので、あまり知られていないかもしれませんが、"日本一のイラストレーター集団"を自負する会社です。
年間約6万点のイラスト制作実績を誇り、10年ほど前からはスマホのゲームアプリで使うイラストやゲームキャラクター制作の依頼が非常に多くなっています。
早くうまく描くために最も重要なのは線画
--プロのイラストレーターとして特に重要な能力は?
佐藤:キャラクターの絵を1枚描くのに、ラフ画、線画、着彩、背景という複数の工程があり、それらを合わせてやっと完成となりますが、最も重要なのが線画です。線でほとんどが決まってしまいます。
線画をうまく描くためには、人体の骨格やパースなどを理解することと、地道に練習を重ねることが大切です。
社内教育で、ラフ画から背景まで1人で仕上げられるようになる
--独自の育成プログラムで教育されていますね。
佐藤:弊社は美術系の大学や専門学校で基礎を学び、基本的な画力を身につけた人を新卒採用することが多いのですが、それでもすぐにプロとして通用するわけではありません。そこで入社後1年をかけて教育し、ラフ画から背景までを1人で仕上げられる技術を習得してもらいます。
その後、イラストレーターとして現場経験を積み、やがてはアートディレクターとしてチームをまとめたり、若手を指導する立場になっていってもらいます。
You Tubeなどで誰でも気軽にイラストの描き方を勉強できるようになったのはいいことですが、デッサンのような基礎をじっくり学ぶ機会が減ってきている面もあるのではないでしょうか。
本書は基礎力に自信がない方、もっとうまくなりたい方に向けて、現場のノウハウを詰め込んだ一冊となっているので、ぜひ参考にしていただければと思います。
"準備・実践・テクニック"の複合訓練で早描きを習得
[profile]
市川一馬
武蔵野美術大学油絵学科卒。2013年に新卒で㈱アクアに入社。
イラスト制作業務を取り扱うビジュアルワークス部で、現在はチームリーダー。
リアル系のイラストを得意とし、多くのCM絵コンテや幅広いジャンルの広告イラストなどを手掛ける。
また、技術指導の責任者として新卒や若手の育成にも携わっている。
--ここからは作例のイラストをメインで担当された市川さんにお聞きします。入社の動機は?
市川:デッサンが得意だったので、その強みを生かせると考えて志望しました。今の仕事は、志望動機とマッチしていると思います。
美大の同級生にはバイトをしながら画家として活動する人が多く、就職する人があまりいなかったのですが、僕は誰かに求められるようなイラストを描いて、どんどんうまくなっていきたいという思いがありました。
基本的なデッサン力は身につけていましたが、油絵学科だったこともあり、入社するまでデジタルイラストを描いたことがほとんどなかったので、入社後に社内教育を受けました。
今ではアナログで描くのが怖いくらいです。修正や調整が簡単にできることと、ツールを使っていろいろな表現ができるのがデジタルの良さですね。
--早くうまく描くために意識していることは?
市川:技術的なことはこの本の中にまとめさせていただいていますが、僕は作画テクニックだけでなく、描く前の準備からツールの使い方まで、複合的に訓練するようにしています。
--たとえばどういうことですか?
市川:「どんなポーズをどんな線で描くか」など、決定的に「これだ!」というイメージを固めてから描くようにしています。漠然としたイメージで描き始めると迷ってしまったり、自分のクセが出たりしやすく、時間がかかってしまいます。
また、早描きのためにはツールのショートカットを覚えて使いこなすことも大事なポイントです。
手足の先まで意識したデッサンを繰り返すことでうまくなる!
--絵はもともと上手だったんですか?
市川:最初からうまく描けたわけではありません。高校時代に通っていた美術学校では「手があんパンみたいだ」とか、「顔より大きく見える」などと繰り返し注意されていました。
--練習を重ねてうまくなったんですね?
市川:しつこくデッサンを繰り返すことで、描く技術やバランス感覚がつかめるようになりました。人物の全身を描くときはどうしても顔に目がいくのですが、手足の指先にまで神経を使って描くようになりました。
緊張すると指先にギュッと力が入ったり、リラックスしていれば指先や足もともやわらなくなるなど、感情が出る部分だと思います。
学生時代は、自分が好きなモネやルノアール、セザンヌなど、印象派の作品を絵画制作の参考にしていました。また、古典的な絵画も好きで、ルネサンス期など昔の絵画を見ると、指先がすごくきれいで、しなやかに描かれているんです。
--納得のいく手足が描けるようになったのは、いつ頃ですか?
市川:入社して4年くらいたって、やっとです。たとえば関節の位置、肉のつきやすいところと薄いところ、曲げたときに引っ張られるところと縮むところなどを観察し、シャープな線と柔らかい線でメリハリをつけて描けるようになりました。
メリハリの前に重要なのが骨の構造や筋肉のつながりです。そこを理解していないと絵が不自然になりますし、たとえば手の流れをしなやかに描きたいと思っても、十分に表現できません。僕自身、まだまだ表現しきれていない部分があるので、研究し続けようと思います。
手足を描くと絵に動きが出て、表現の幅も広がる
--一枚絵の仕事では、どのようにポーズを決めるんですか?
市川:僕は広告のイラストに携わらせてもらうことが多く、「どういうポーズや指先だと商品が映えるか」を考えることも仕事の一部です。
たとえば化粧品などで女性キャラクターが商品を手に持つような場合は、ポージングから考えなくてはなりません。その場合は化粧品の広告写真を見て参考にしたり、実際に女性に頼んで手を撮らせてもらったりしています。
手を入れることで動きが出るだけでなく、美しさやしなやかさ、感情など、表現の幅が広がると思います。
--プロから見て、もっと練習が必要な絵とはどんなものでしょうか?
市川:顔や体に対して手足が大きすぎる、長すぎる、何かを持ったときの指の曲がり方が不自然だとか、強く握ったときにできるシワが不自然だとか。
バランスのとれた絵を描くには、筋肉や骨格を理解したうえで、デッサン力を身につけることが大切です。
ミニキャラのようにデフォルメをきかせるほどデッサン力が必要です。2頭身くらいのキャラクターでも人体の構造を理解したうえで崩さないと、人間ぽく見えなかったり、バランスがとれなくて勢いが出せないといったことになります。
ベテランになっても学ぶ姿勢を持ち続けること
--入社して9年目と伺いました。絵が古くならないために意識していることは?
市川:仕事でいろいろな案件に携わっているので、どんな色やタッチが時代のニーズにかなっているのか、何が流行りなのかということは把握できるのですが、そのほかにも社内にある最新の画集や作品集を見たり、チームでディスカッションするなどしています。
たとえば肌の色にも彩度やコントラスト、トーンなどにトレンドがあるので、少しずつマイナーチェンジして、古臭くならないよう意識しています。
--仕事で描く絵と自分の絵、どう区別していますか?
市川:仕事ではクライアントが求めるタッチ、テイストが優先なので、割り切りが求められます。埋め合わせとして家で自分が描きたいものを描いているという人も多いですよ(笑)。
アクアスターでは案件ごとに4〜5人で1つのチームを組んで、分担して1つのイラストを制作しています。誰が描いてもバラつきが出ないようにするため、制作に入る前にタッチやトーンなどを簡単なマニュアルにまとめて共有しています。
とはいえ、描き方のクセみたいなものは誰にでもあって、たとえば顔のパーツバランスや手の表情などに出やすくなります。ですから、自分のクセを自覚して気をつける必要があります。そうしないと自分が描きやすいほうに寄ってしまうので。
人体のなかでも手足は複雑なので、練習に時間をかけたくない人も多いと思いますが、しっかり描けるようになっておけばよりよい絵が描けます。この本はイラストの仕事を目指す人にとって、イラストで表現することを覚えてもらうためのノウハウが詰まった一冊になっていると思います。
僕自身も技術的にもっともっとうまくなりたいですし、自分の色も出しつつ人に喜んでもらえる絵が描けるよう、今の仕事を通じて絵の仕事を究めていきたいと思います。
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2021.12.28