「全身で感動を浴びる」衣服標本家の仕事

           

「全身で感動を浴びる」衣服標本家の仕事

〔連載:クリエイターのお仕事インタビュー #003〕

取材・テキスト/中山 薫 P/山田ミユキ


2016年から衣服標本家としてフランス革命から第二次世界大戦頃までの衣服を分解し、衣服標本を制作している長谷川彰良さん。 2022年4月12~25日に渋谷で行う「半・分解展」について聞いた。

【Profile】
長谷川彰良 Akira Hasegawa
1989年茨城県生まれ。2011年エスモードジャポン・メンズ専攻卒。アパレル企業でモデリスト(パタンナー)として勤務した後、2016年に独立。衣服標本家としてフランス革命から第二次世界大戦頃までの衣服を分解し、衣服標本を制作している。東京を中心に主要都市で展示活動「半・分解展」を行うほか、東京大学先端科学技術研究センター異才発掘プロジェクトROCKET、昭和女子大学、文化服装学院などで特別講師も務める。

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美しい服は、なぜ美しいのか

--子どもの頃、お祖母さまの服を分解したのが最初とのことですが、すでにその頃から服に興味があったんですね。

長谷川:父の影響が大きいです。多趣味で、家も自分で建てるような人でした。知り合いの縫製工場から譲ってもらった業務用ミシンが家に3台くらいあり、独学で服を作っていたりとか。その影響で、僕もミシンが遊び道具だったんです。

--専門学校でもいろいろなことを学んだと思いますが。

長谷川:テーラーの先生から学んだことの影響が大きかったです。縫い方や体へのフィットのさせ方などの技術を学んだからこそ、美術館に展示されている服を見て設計がどうなっているのかを考えるようになりました。

また自分でフルオーダーのスーツを仕立てるようになったら、どうして美しいのかということが気になりだしたんです。

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実物を元に、長谷川さんが起こした型紙。販売もしている。

--標本はいくつぐらいあるんですか?

長谷川:当時の実物を分解して標本にしたものが8体(8着)。それを元に型紙を起こして縫製し、試着できるようにしています。今回は15体ほど展示します。分解していないものは50体ほどあります。

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いくつもの布を重ねて作られていることが、ひと目でわかる標本。

この標本は1860年、南北戦争の時のアメリカ北軍のユニフォームを分解したものです。
アメリカのメットミュージアムに展示されているのと同じコートで、海外の掲示板で僕のことが時々紹介されるんですけど、分解して研究していることについては賛否両論です。でもやっぱり中を見ないとわからない。僕は、愛とリスペクトをもってこの美しさを伝えていきたいんです。

--私も服の標本というのは初めて見ます。いくつも重ねて作られているようですが、これは何層くらいあるんですか?

長谷川:僕が研究している時代の服は5層くらいが多いんですが、これはとても珍しく、10層近くあります。胸を誇張するために、綿、馬のたてがみ、ウール、コットン、リネンを重ねて厚みを出しているんです。当時、厚みを出すために使われた素材をすべて使っています。

--絵画で見る当時の男性の姿は実際の肉体によるものではなく、服で誇張されていたんですね!

長谷川:胸の厚みを強調するために分厚い綿を入れて、ミリタリーの力強さを表したんです。実際に標本を触ってもらうと、胸の厚みがわかると思います。芯(生地の強度を増すため、内側に入れる布)に馬の尻尾やたてがみを使っていたこともわかります。横糸が馬のたてがみで、縦糸はコットンだと思います。バネのようなハリがあって、これを入れると胸がグンと膨らむんです。僕が感動するのはこういう内部構造です。

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生地にハリを持たせるため、馬のたてがみが使われている。

--素材はどうやって調べるんですか?

長谷川:僕は、触ればほぼわかります。素材の専門家の友人もたくさんいるので、わからないときは燃やしたり、顕微鏡で覗いたりして調べています。

漫画やアニメに描かれる軍服の実物を展示


--どんな人が展示を見にくるんでしょうか。

長谷川:7割近くが30〜50代の女性で、もちろん服に興味がある方ばかりです。コスプレイヤーさんもいます。

展示期間中にSNSで「半・分解展に行ってきた」という書き込みを見ると、フォロワーが20万人、50万人もいるような漫画家さん、イラストレーターさんとか、世界的に有名な人形作家さんも来てくださっていて、改めてそういう人たちが興味を持ってくださるんだなと。

--実物が見られるうえに、触れて試着までできるというのは、他ではないですからね。

長谷川:特に「ゴールデンカムイ」が好きな方が興味を持たれるのがこれです。

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1880年頃、イギリスの軽騎兵のパトロールジャケット(軍服)。
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手に持つとずっしりと重く、1人で着ることはできない。


--軍服といいますが、装飾がついていますね。

長谷川:これは鉄砲玉のように最初に突撃していく軽騎兵の服です。

胸飾りは致命傷を負わないためのものでもあるので、ものすごく硬いんです。触るとよくわかります。生地も硬く作られていて、斬られたりしても内臓はギリギリ守れるくらいの硬さがあります。

じつは内側は座布団みたいにパンパンに綿が詰めてあるんですが、ミシンだと綿が潰れてしまうので、手縫いによって胸の膨らみの造形を作っているんです。

これをデザインしたのはナポレオンと言われていて、カッコよくデザインすることで志願を募ったんです。軍服で社交界に出てもいいというドレスコードも作ったと言われています。

フランス革命で何が起きたのか

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異なる時代の美学を象徴する2体。


--双極ともいえる、この2つの違いが示すものとは?

長谷川:この2つの間にフランス革命(18世紀後半、絶対王政下のフランス王国で起きたブルジョア革命)があります。

右は革命前で、ロココ(ロココ様式=18世紀、ルイ15世のフランス宮廷から広がった美術様式)を象徴するものです。金、銀、シルクを使ったブロケードという生地で、ボタンホールも金の糸でかがってあります。

このように、いくらでもお金をかけて装飾的に見せる。それによって自分の地位を表していたのがロココといわれるものです。

左が革命後。紳士服の美学が完全に変わったことがわかります。19世紀前半からこういうスタイルになってきます(写真は19世紀半ばのもの。裏はシルク、表はウール)。

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フラップの内側に、金・銀・シルクの輝きが少し残っている。刺繍もビビッドな色であったことがわかる。


--装飾が華やかなものには自然と目がいってしまいますね。

長谷川:ロココを代表する紳士の正装といったら、アビ・ア・ラ・フランセーズ。これは代表的なもので、本来なら博物館に展示され、ガラスの向こうにあるようなものです。

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ロココを代表する紳士の正装、アビ・ア・ラ・フランセーズ。展示会ではフルセットの実物を見ることができる。

じつは、これは1810年頃のものなんです。僕の展示を見たら「19世紀なのに、なんでまたロココみたいな服?」と、強烈な違和感が生じると思います。

これはナポレオンが復活させたもので、自国フランスの産業を再び盛り上げるため、イギリスのウールを使用禁止とし、特に宮廷服に関してはシルク製であることを定めました。フランスの真骨頂である刺繍文化も復活させます。

そしてナポレオン没後、ルイ16世の後継者による王政が復活すると、ウィーン会議の時代(19世紀初頭)にまたこういう服を着て踊り明かすようになります。

--肩幅はジャストなのでしょうか。

長谷川:服の肩幅は肩峰といって肩の骨が飛び出ているところを基準に決めますが、ロココは必ず中(内側)に入っています。だからすごく狭く見えるんです。それでも着られるように、袖に細工がしてある。

こういうことをゼロ距離で、僕と一緒に楽しんでもらうのが「半・分解展」です。「服がきれいだね」じゃなくて、触ったり歴史を知ったり、試着できるサンプルを着て体感してもらいたいんです。着た後で当時の本を読んだり、美術館に行ったりすると、見え方がまるで変わります。

--確かに、写真で見て想像していたのとは全く違います。 こちらのグレーのコートは装飾がまったくありませんね。

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展示用として、当時の服から長谷川さんが型紙を起こし、縫製して再現したリージェントテイルコート。会場では試着もできる。

これはまさに新古典主義の服です。ロココに対抗した新しい美しさですね。フランスの新古典主義は18世紀半ばから現れたとされ、フランス革命後、より簡素化された芸術様式になっていきます。服も過度な装飾がなくなり、一気に簡素化して、代わりに体のラインを見せるようになるんです。

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この時代の紳士服は胸の造形がとても大事で、ボタンを留めるだけで胸が突き出るように作られています。胸の造形を崩すという理由から胸ポケットはタブーで、お尻にだけ手袋専用のポケットをつけています。狩猟服も同じで、狩猟用のグローブを入れるためにお尻にポケットをつけていました。

--とてもシェイプされているうえ厚手のウールでしっかりしていますね。着てみると体がギュッと締められ、ビスチェのようにビシッとした着用感。これを男性が着るのはかなりきつい。でも腕は上げ下げがしやすい。不思議です。

長谷川:パッと見は肩幅が狭く、着られそうにないですよね。でも、この構造だと背中がどれだけ小さくても入る。すごく不思議なんです。じつは1人で着る作りになっていません。召使いが後ろから両袖を入れて着せるんです。

--袖の作りや縫い合わせる位置が現代の服とは違いますね。

長谷川:昔の袖はカーブのついた2枚の平面の布を縫い合わせて作っています。脇の下よりも胸側のほうに縫い目があって、その位置が高ければ高いほど動きやすい袖が作れるんです。

古い服は袖を持って、後ろを見てみてください。こうすると表袖のシワが消えるようになっていて、必ず後ろに第三の面が出てきます。これが背中や肩が小さいのに着られる理由であり、腕が動かしやすい理由でもあります。

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--黒っぽいコートのほうは、形はグレーのコートと似ていますが、ボタンの装飾が凝っていますね。

長谷川:これは召使いの服です。

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召使いが着ていた狩猟服を元に再現したリージェントテイルコート。

見た目では階級を見分けられない仕掛け

--えっ、これが召使いの服ですか

長谷川:この時代の貴族は、自分自身は地味で目立たない服を着て、代わりに召使いを飾りとして派手な服を着せていたんです。

僕が再現したものなので地味に作っていますが、実物はもっと派手です。

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実物の狩猟服には動物柄のボタンが付けられている。所属するクラブに合わせて、さまざまな動物のボタンが作られた。

18世紀後半、イギリスで起きた産業革命の影響はフランスにも波及しました。資本家が力をつける一方で貴族が没落していくなか、社交界からブルジョアを排除するために生まれたのがドレスコードです。

こういう時のネクタイはこれ、午前中にお散歩に行く時はこの手袋とこの帽子、午後の踊りの手袋はこれ、というように、秘密のルールを細かく固めていったんです。

ブルジョアはそれを知らないので、主と召使いの見分けがつかず、召使いに話しかけてしまったりする。こうすることで、ブルジョアたちを社交界から排除したんです。

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社交界で厳格なドレスコードが誕生。召使いには装飾のある派手な服を着せた。

--召使いの服を派手にする理由とは。

長谷川:全身ユニクロ、バッグだけヴィトンというのと同じです。自分自身は地味な服だけど、召使いを見ればわかる。ロココと新古典主義で富の誇示のしかたが変わるんです。

現代スーツはこの新古典主義の文脈を経て生まれたもので、まさに簡素化の美が受け継がれて今に至るまで残っているわけです。

--右は黒一色で地味ですが、パターンは凝っていますよね。

長谷川:めちゃくちゃ凝ってます。貴族の服は一見地味ですが、裏は当時最新テクノロジーのミシンで、麻と綿を縫いつけています。シルク地にステッチして、体の造形を構築している。これは手でやるよりも、はるかにたいへんです。

造形美をつくるのが一番の目的ですが、遊びでもあって、ステッチで自分のイニシャルを入れたり、花柄を施したりしたものもあります。

地味な分、襟の作りもテーラーメイドというテクニックで胸のボリュームを出したり、襟をMノッチといって、わざとM型に切って作ったりしています。見えないディテールにこだわるようになってくるんです。

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着用時の姿や目立たない部分のパターンなど、細部にこだわりが込められている。

--ミシンが使われるようになると、ステッチにも違いが出てくるのでは?

長谷川:その通りです。産業革命の時代、最新テクノロジーだったミシンを表地の目に見えるところにだけ使い始めるんです。1850年頃からです。 わかりやすいのがこれ。

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1910年のラウンジスーツ。ダブルで入れたミシンのステッチが目を引く。

目立つところだけミシンを使っているんです。フロントのラペル(下襟)とかポケットとか、わざわざワークウエアのようにダブルでミシンを入れている。 逆に裏側はすべて手縫いで縫われていて、この差異がひじょうに面白いんです。

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厳格なドレスコードは19世紀から100年ほど続いたので、やはり黒一色と地味です。 1870年代、チューブ絵の具が開発されて、モネなど印象派の画家たちが屋外に出て光の絵を描き始めたんですが、当の本人たちは黒一色。絵とのギャップがすごいんです。

ファッションを楽しむことができないから絵で色を表現したんだな、ということがわかる。 19世紀初めから20世紀初頭までの後期ロマン主義から印象派がこういうスタイルでした。

縫い目(ダーツ)を使わずに胸を誇張する、驚きの構造

--女性の服も展示されていますね。

長谷川:女性の服も18世紀と19世紀では全く違います。 シルエットは同じですが、19世紀はダーツという縫い目で膨らみを作っている。ところが、18世紀の服はダーツがどこにもないんです。

「じゃあなんで膨らんでいるの? どうやってウエストを絞っているの?」というのが僕の好きなところです。普通はできないので。

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18世紀の女性が着用したカラコ。フロントにリボンを通して閉じると、胸の膨らみとウエストの絞りが作れる。
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胸をよりいっそう引き立たせるために用いられたストマッカー(胸当て)。

単純に言うと、現代の服は重力に逆らわず、まっすぐ落とす。昔の服は斜めに捌けていく。僕はこれを「傾きの構造」というふうに定義しています。

これは紳士服も同じで、重力に逆らって斜めに落とすというテクニックで、前を閉じると胸が膨らむ。造形がダイナミックに変化するんです。

展示会では洋裁の経験がない方も多いので、一枚の布をボディに当てて、現代からロココまでの造形を全部作ったりして、わかるように実演しています。

--長谷川さんは、こうした服の感動を伝えたいとおっしゃっていますが、その感動とは、単に構造美というだけでは語りきれないものなのでしょうね。

五感で辿る構造の美学

長谷川:20歳の時に感銘を受ける一着があって、すごく地味な作業着。消防士の服でした。その魅力をどう人に伝えたらいいのか、7年くらい言葉にできなくて苦しかったですね。 このままの形で後世に残すのが美術館の役割ですが、僕はなぜ美しいかという部分を後世に残したいんです。「傾いているんですよ」とか。

ナポレオンを描いた映画や、ウィーンの劇場の衣装を見たりしても、服の構造は全く受け継がれていないんです。見た目は昔っぽく作られていますが、所作が伴っていない。1人じゃ着られない、気をつけの姿勢がとれないといったことが理解されていない。むしろ海外の人からよく聞かれるくらいです。 僕はいつも後ろ姿でフィッテングをするんですが、背中の見え方も全く違っていて、がっかりさせられます。

といっても、それはしかたがないことでもあって、史料として残すべき希少な服を壊すということは普通はできません。また美術館は寄贈品が多いので、学芸員といえど、むやみに触れられません。 だから僕は私財を投げ売って自分のものにすることで、分解してなぜ美しいかを探求しているんです。構造を明らかにすることで、失われているものを伝えたいんです。

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*展覧会情報*

「半・分解展」

https://sites.google.com/view/demi-deconstruction

4月12日〜25日まで東京 渋谷にて

1740年から1940年までの衣服、約60点を展示


2022.04.08

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アイデア
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