細部に至るまで、まだ見ぬ世界を構築する 背景美術(アニメーター)・はちさん

細部に至るまで、まだ見ぬ世界を構築する
背景美術(アニメーター)・はちさん

〔連載:東京工科大学卒業生に聞くデザインの現場 #001〕

インタビュー・文:村治けい
夏の収穫.jpg
作品提供:はちさん 「夏を収穫」


「実学主義によるデザイン教育」を教育理念にあげている東京工科大学デザイン学部。デザイナーやデザインという言葉からは、アーティスティックな仕事を連想しがちですが、デザインは絵が上手に描けることや巧みな造形力だけを意味するわけではありません。現代社会のさまざまな課題に目を向け、問題を可視化して解決していく力がデザインには求められています。そのための基礎的な力を養うための教育課程を経て、さまざまな領域で「デザイン」の力を実践している人たちがたくさんいます。

本企画では、東京工科大学デザイン学部の卒業生であるデザイナーやクリエイターに、デザインの実際についてお話を伺っていきます。デザインという言葉からイメージしやすい職業もあれば、こんな仕事にまでデザインの力が活かされているのかと意外に思われることもあるかもしれません。現在デザインを学ばれている方、またデザインに興味を持ってこれから最初の一歩を踏み出そうとしている方は、学びと仕事とのつながりをイメージして、今後に役立つヒントにしてみてください。

第一回目は、アニメの背景美術を手がける、はちさんにお話を伺いました。

旅行好きが多い背景美術という仕事

--背景美術とはどんな仕事ですか?

はち:背景美術と一口に言っても、役職としては3種類ほどあります。背景作業者、美術担当、美術監督です。私は職場にも恵まれ、それら全てを経験させていただくことができました。

背景作業者の仕事は、原画マンが描いたレイアウトをもとに、美術監督が描いたボードを参考にしながら絵を描いていきます。例えば、原画マンが描いたレイアウトに小物が抜けていたり、あるはずの箱がなかったりする場合があるので、ボードを参考に描いていきます。

注:レイアウトとは、キャラクターの動きと背景の構図の設計図のこと。

--原画マンが背景も描くんですね。原画マンは背景も描ける必要があるということですか?

はち:上手い人は背景もパースもしっかりしています。まれにキャラと背景のパースが合っていないレイアウトが来ることがあるので、美術監督、美術担当からレイアウトを受け取る際に打ち合わせをして背景作業者が直していくこともあります。ただ、基本はレイアウト通りに描いていきます。

--次に美術担当の仕事内容を教えてください

はち:美術担当は、一話あたりカット数がだいたい280から300カットくらいあるのですが、その数のレイアウトを背景作業者に振り分けていきます。その他、提出されたBG(背景)をチェックする作業があります。ボードを参考にBGをチェックして、色味の調整や小物がなくなったりしていないか、キャラクターが演技した時にパースはおかしくないかなどをチェックして直していきます。

また、美術担当は美術監督の補佐的な役割もあります。例えば、基本1話目のチェックは美術監督がしますが、2話目3話目になってくるとスケジュール上美術担当がチェックします。(最終確認は美術監督)。ワンクールのアニメの場合、基本的に背景作業者7人〜10人前後で、美術担当が1〜3人ほどいます。

--美術監督はどのような仕事なんでしょう

はち:作品全体の世界観、クオリティを保つ仕事です。また、作品の全体スケジュールを把握するのも美術監督の重要な仕事になります。作品のミーティングに参加したり、全体のスケジュールを確認したり調整をします。あとは、美術設定やボードの作成ですね。

--美術設定はボードとは違うんですか?

はち:ボードは、背景作業者が参考にするのはもちろん、色彩設計が背景に合うキャラクターの色を決める際に使用しますが、美術設定は監督やコンテマンがコンテを描く時に参考にしたり、原画マンが美術設定を元にレイアウトを描いたりするため、アニメの舞台の設計図としての役割があります。

--美術設定はどんなことをやるんですか?

はち:作品のシナリオを元に、監督とどういう世界観でキャラクターはどういう家に住んでいるかなどを話し合いながら考えて描いていきます。キャラクターが演技することを想定し、机の高さは何センチにするかとか、ドアは内開きか外開きかなど細かい設定なども考えながら描き出していきます。

--美術設定のアイデアソースはなんですか?

はち:監督との話し合いだったり、あとは制作から参考写真をもらえるので、基本はそれを元に世界を組み立てていく感じですね。

美術設定を描く際には画力だけではなく知識が必要になっていきます。

--知識ってその度ごとにつけていくんですか?

はち:そうですね。作品ごとに舞台が江戸だったり、中世ヨーロッパだったり違うことがあるので、建築資料を読んだり知識を深めています。あとは旅行とか。撮りためていた写真が役に立ったりが実際にあるので、そこで知識を身につけたりします。結構、背景美術の人って旅行好きの方が多いんですよね。

--普段からアイデアをストックしておく必要があるのですね。

はち:はい。他には「色背景打ち合わせ」というのがあります。通称「色背打ち」って言ってるんですけど、監督と演出、美術監督、ときどき美術監督補佐や美術担当が参加する場合があります。みんなで集まって、出来上がっているコンテを元に打ち合わせをしていきます。

話す内容は「この場面は昼ですよ」という確認や、照明の有無などの場面の状況の確認などです。「ここのドアは閉まったままなので背景で描いてください」などについても、コンテを見ながら話し合っていきます。

もしここで話し合ったのと違うBGを(このカットは夕方のはずが昼間の色味にしてしまうなど)あげてしまうとリテイクになってしまうので、この打ち合わせはとても重要です。

--美術監督の仕事は大量にあるんですね。

はち:そうなんですよ。そのために美術監督補佐や美術担当がいるんです。


絵を直す機会が自分を成長させる

--仕事のやりがいはどんなところにありますか?

はち:スタッフロールに名前が載ったり、両親や親戚に仕事の話をしたときに「この作品知ってる!」と喜んでくれたりすると、やりがいを感じます。

美術担当になると、成長するきっかけが得られることがありました。働き続けていると絵が上手くなるキッカケが2回あって、それがまず背景作業者として入ったときと、次に美術担当に上がったときでした。美術担当になると他の方が描いた背景を直接観察でき、どこを調整したらこの絵がもっと生きるだろうかと悩みながら一枚一枚直していくので、そこで大きく成長することができました。絵を調整する機会ってなかなかないですからね。

美術監督になると、より責任感が増していきます。美術監督のやりがいは、作品に自分の色を出せることですね。

--逆に難しいことはなんですか?

はち:美術担当の大変な面としては、レイアウトを渡していく際に背景作業者の方の手が空いてしまうことがないか、外注の方に確実にレイアウトを渡せるか、などスケジュールを上手く回していくことです。


3Dのメリットとデメリット

--アニメ業界の現在について教えてください。

はち:アニメが一般的になってアニメ制作の現場がテレビにも流れるようになったりと、目指したい職業になってきている感じはあります。Twitterで背景美術をやりたい方を見かけることも増え、嬉しく思います。待遇もだんだんとよくなっている印象です。

あとは、アニメの現場にもCGが取り入れられていて背景美術の人がCGを触ることもあります。CGを使える美術監督もいますね。

--CGはどういったことに使ってるんですか?

はち:設定やレイアウトに使っています。3Dレイアウトの場合、キャラクターの演技も3Dで描きだしてそれを元に原画マンが描いたりしています。作業の遅れが発生した場合は、原画マンのレイアウトを待たずに3Dレイアウトから描くことがありスケジュールの遅れを巻き返せるのが3Dの利点だったりもします。

--逆に3Dのデメリットはありますか?

はち:個人的には3Dのパースや背景には間違いがないので、絵にプラスアルファして考えることが難しいように思います。例えば、ここに小物や植物を入れた方が画面として良くなるとか、手描きの原図だと遊びができるのですが、そういう発想が出にくくなる感じがあります。


プロほど写真資料をよく見て描く

--先程旅行で写真資料を撮ってくるというお話がありましたが、普段どういったところからアイデアを得ていますか?

はち:私は散歩が一番のアイデアの源ですね。その他だと地図アプリで行ったことのない地域に行ったりとかもアイデアの源の一つです。

公園 のコピー2.jpg
作品提供:はちさん 「公園」

例えばこの絵も散歩に行ったときの写真を参考に描きました。散歩に行った時に写真を撮っておいて見返したときに絵のアイデアがポンッと生まれたりします。

参考写真や資料見ずに描いていると思われがちなのですが、長い間絵の世界にいたことで、絵が上手い人ほど参考写真や資料をよく観察して描いていることに気付くことができました。


学科にとらわれず幅広く学べる

--ここからは大学の話を伺っていきたいと思います。東京工科大学に入学した理由を教えてください。

はち:他大学だと一つの学科に入ってしまうとその学科以外は学ばないイメージがあったので、DTPや映像制作だったり幅広く学べる点が魅力でした。

--大学に入学する前から背景美術になりたいと思っていたのですか?

はち:なりたいと思っていました。ただアニメーション制作全体にも興味があり、大学でアニメーションを作ってみたいなと思っていました。大学では、写真の授業も選択授業であったので、そこで構図や技法、機材関係の知識も幅広く身につけられました。そのことが今の絵を描く仕事にも活かせています。


アニメーションの豊かさを知れた

--専攻と選んだ理由を教えてください。

はち:DTPの授業です。名刺作りやオリジナルのグッズ作りに役立っています。DTPを学んだことで、紙やフォントの重要性がわかったり文字の間隔を気にかけたりと、細かいところまで気を配れるようになりました。

--実際に映像(アニメーション)を専攻してギャップはありましたか?

はち:映像と一口に言っても結構幅広く、自分はその中でアニメーションを中心に勉強しました。日本にいるとリミテッドアニメーションが主流ですが、海外のアニメーションは砂だったり、パペットだったり、、アニメーションってこんなに表現豊かなんだと知ったことは大きかったです。

--CGはどういったことに使ってるんですか?

はち:設定やレイアウトに使っています。3Dレイアウトの場合、キャラクターの演技も3Dで描きだしてそれを元に原画マンが描いたりしています。作業の遅れが発生した場合は、原画マンのレイアウトを待たずに3Dレイアウトから描くことがありスケジュールの遅れを巻き返せるのが3Dの利点だったりもします。


印象に残った授業は意外にもDTP

--印象に残った授業を教えてください。

はち:DTPの授業です。名刺作りやオリジナルのグッズ作りに役立っています。DTPを学んだことで、紙やフォントの重要性がわかったり文字の間隔を気にかけたりと、細かいところまで気を配れるようになりました。


Photoshopや3Dソフトに慣れておく

--大学時代にやっておいたほうがいいことってありますか?

はち:そうですね。アニメーションの現場に入るならPhotoshopに慣れることですかね。ちなみに東京工科大学だとパソコンはMacが多いんですが、会社ではほぼWindowsだったので、Windowsにも慣れておくと良いかもしれません。また、最近だと3Dソフトに慣れておくと仕事の幅が広がります。私はBlenderを使っています。無料ソフトでも3Dの知識があると、現場での会話をある程度理解できたり話せたりできるので役に立つと思います。

あと、SNSに投稿していくことも良いと思います。結構、背景美術の人もSNSをやっていて、それをキッカケに自分を知ってもらえることもあるので。


コミュニケーション能力はどこでも必要

--就活する上で必要なこと、やったことを教えてください。

はち:やっぱり基本的なことですが、ある程度絵が描けるとか、パースの知識やデッサン力は必要になっていきます。あとは一般常識を身につけることも必要でした。

--やはり一般常識も重要なんですね。

はち:美術監督、美術担当になるとメールを出したり打ち合わせしたりする機会が多くなってくるので、名刺の渡し方とか、ビジネスメールをしっかり打てるなど、相手に失礼のないように仕事をしていくことが大事になっていきます。

--ポートフォリオは作りましたか?

はち:今まで描いた作品やデッサンを載せていました。ポートフォリオは、しっかり絵が描けているかやPhotoshopにどのくらい慣れているかを見ていたようですね。

--どういう絵があったほうがいいとかありますか?

はち:鉛筆デッサンや今まで作ってきた作品だったり。デジタルで作成した風景や模写も入れてもいいかもしれません。


背景美術にとどまらず活動していきたい

--最後に今後の展望を教えてください。

はち:今後も背景美術の仕事はやっていきますが、Youtubeで動画投稿をしたり、グッズを作成したり、背景美術だけにとどまらず、イラストレーターとしても幅広く活動をしていく予定です。SNSを始めてから、フォロワーさんのおかげで色々なことに挑戦しようという気になりました。本の表紙やポケモンカードのイラストの仕事もやってみたいなあと思っています。

トンネルの向こう側はどんな景色が広がっているだろう.jpg作品提供:はちさん 「トンネルの向こう側はどんな景色が広がっているだろう」


2021.07.29

関連情報
デザインノート
アイデア
イラストノート