構成=野口真弥 Noguchi Maya 文=中山薫 Nakayama Kaoru 写真=梅田健太 Umeda Kenta
働きながら通う人も多い桑沢デザイン研究所の夜間部は、2年間でデザインの基礎から応用まで学ぶ専門性の高い学習内容となっている。社会人として夜間部PD(プロダクトデザイン)に入学し、シヤチハタ株式会社のコンペでグランプリを受賞した
【PROFILE】
中山大暉 桑沢デザイン研究所 夜間部PD(プロダクトデザイン)専攻
2015年から株式会社ブリヂストンに勤務。アラブ首長国連邦(UAE)に駐在し、商品企画・マーケティングなどに携わった後、2022年に帰国。現在は社内ベンチャーの一員として、ゴム人工筋肉を使ったソフトロボティクス事業に携わっている。2023年11月開催の国際ロボット展では、人間中心デザインのアプローチで知られるデザインファーム"IDEO Tokyo"とコラボレーションし、新たなソフトロボティクスの体験型展示「umaru」の企画・ディレクションを行う。
喜屋武:入試の面接でも皆さんにお聞きしていることですが、改めて中山さんが桑沢を選んだ理由を聞かせてください。
中山:僕は株式会社ブリヂストンでずっと企画職に携わっていて、世の中にプロダクトを届ける立場として積み上げてきたものがあるんですが、実際にモノをつくるのは職人さんや技術者、デザイナーさんといった人たちです。自分がイメージしたものを自分でつくれないもどかしさがずっとありました。
単身で海外に駐在していた頃、時間にゆとりがあったので3Dプリンターを買って試しに造作を始めたら、自分でつくりたいという思いがどんどん強くなったんです。帰国して働きながら学べるところを調べたら、そもそもそういう学校があまりないんですね。桑沢なら歴史もあるし、偉大なデザイナーとして知られている卒業生の方々もいるので受験しました。会社でも桑沢出身のデザイナーの方と仕事をする機会があって、その方から刺激を受けたことも選んだ理由の1つです。
喜屋武:面接でも聞かせてもらいましたね。
中山:はい。僕は今、会社でソフトロボティクス事業に携わっています。コア技術であるゴム人工筋肉の柔軟な特徴を活かし、周囲の人やモノとなじみながら振る舞う「やわらかいロボット」を生み出し、新たな意味・価値を世の中に届けています。現在はロボットハンドを商品化し、器用なピッキング作業の自動化が求められる物流や製造業で展開しています。そのコンセプトモデルの製作でご一緒したTAKT PROJECTのデザイナーさんの影響も大きかったです。帰国した直後にお会いして、やっぱり僕もプロダクトデザインをちゃんと学びたい! と思ったんです。
喜屋武:夜間部は中山さんのように働きながら通っている人も多いです。僕も夜間部の出身なんですが、昼間働きながらだと楽ではないですよね。前期・後期と毎週のように課題があります。必然的に学校が終わってからの時間を使うことになると思うんですけど。
中山:もちろんそうなりますし、週末も制作に充てています。授業は週3回(火・木・土)ですが、最近は授業がない日もほぼ毎日来て工作室で作業をしています。夜間部PDの学生はだいたいそんな感じですね。
喜屋武:平面のデザインと違ってPDはモノをつくらないといけないですからね。自宅でパソコンを操作するだけでは完結しないから、来なくちゃならない。だからPDは働きながらでも課題をこなせるように、授業は無理のないカリキュラムを組んでいます。
中山:働いていると仕事に集中したいときと、デザインに集中したいときとの波があるので、たまに両立が難しいと感じることもありますが、きついと感じることはありません。むしろ楽しいです。仕事で関わる人から受ける刺激と、学校で得る刺激が交差していく瞬間があって、そこに面白さがあります。
喜屋武:今のクラスは10代から30代の人たちが一緒に学んでいて、上と下では一回り弱も違う。年齢だけでなく、大学を出たばかりの人や、社会人経験者など、夜間部にはいろいろなバックグラウンドの人が集まってくる。その人たちが同じ課題に取り組んでプレゼンテーションしたり、意見交換したりして、すごく面白い空間になっていますね。
中山:面白いですね。全く違う人同士がこれだけたくさんいる空間っていうのは、なかなかないです。会社では組織の思想がベースにあるので、自ずと視点が近くなってきますし。
喜屋武:毎年のようにメンバーがユニークで面白いのが夜間PDの特徴だと思います。課題以外の作品の制作に関する相談を受けることも多くて、コンペにもみんな積極的に取り組んでいる。すごくいいことだと思います。授業以外の作品もどんどんつくって欲しい。そうすれば就活の際のポートフォリオも充実します。
中山:工作室に行って他の人がやっているのをチラッと見ると、絶対に課題じゃない(コンペに出すための作品など)訳のわからないものをつくってるじゃないですか(笑)。そこにまた刺激があるんですよね。
喜屋武:中山さんは入学して間もないうちに「第16回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」に応募し、「F!nd!t」という作品でグランプリを受賞しましたね。改めておめでとうございます!
中山:ありがとうございます。正直なところ、全然通ると思っていませんでした。
※「第16回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」:主催/一般社団法人未来ものづくり振興会特別協賛/シヤチハタ株式会社
「思いもよらないしるし」をテーマとし、しるしの概念の根底に立ち返ることで生まれる価値や、見落としていたしるしの意味に気づかせてくれるような存在、そんな本質的な驚きを感じられるしるしを表すアイデアを募集。国内外から過去最多となる1287点の応募があり、9点が受賞作品として決定した。
喜屋武:モデルは何でつくったんですか?
中山:3Dプリンターです。前期の授業で先生に教えていただいたモデリングの知識を生かして、最後は自分で研磨してプリントの跡が残らないようにしました。
喜屋武:コンセプトとしてはUI、UXの要素が強い印象でした。
中山:似たようなアイデアは毎年たくさんあるんですって。けど、実用化・商品化が難しい作品が多いんだそうです。僕の作品はモノとしてすごくシンプルで、デジタルアイデアも入っているんだけれど、自然な心の動きを拾える。行動も含めて一貫して考えられていて、モノとして良いと思っていただけたようです。
喜屋武:中山さんはアプローチがとてもユニークなんだよね。自分で造形のテーマを考えてモデルをつくる〝スピードシェイプ〟という前期のモデリング授業でも、「それ、どうやって形にします?」というテーマを持ってきて。形容詞などから造形テーマを設定する人が多いなかで、たまに中山さんのようにストーリー性をテーマに持ってくる人がいるんですよ。あの課題は苦労したようだけど、何とか形になりましたね(笑)。前期は基礎としてスケッチ、製図、モデリングを集中的に学んできましたが、後期はいよいよ前期で学んだスキルを使い作品制作をするデザイン実習課題がメインになります。中山さんにとっては、後期からが「やっと来たな」という感じじゃないかな?
中山:いやいや、前期からガンガン来てます(笑)。以前は「こんなものがあったらいいな」というイメージがあっても自分でつくれないもどかしさがありました。今は仕事を通じて、第一線で活躍するデザイナーさんと一緒にスケッチワークをさせていただいたり、製図を見ながら議論させていただいたり。それだけでもすごい進歩だと思います。
喜屋武:プロダクトデザインは単にモノに形を与えるというだけではなく、どういう機能を与えるかということも非常に重要だと思います。授業で学んでいることと、実際に仕事として関わっているプロダクトデザインに違いを感じるところはありますか?
中山:デザインの思想という面では基本的に違いはないと思います。会社ではゴム人工筋肉というテクノロジーがベースにあって、それを世の中に広げていくうえでデザイン的な視点を取り入れるんですけど、授業ではシンプルに自分が1つのテーマにどう向き合っていくかを考えてプロダクトにアウトプットしていくという、視点の違いがあります。学校の課題ではあくまでも自分が主軸となって向き合っていくので、組織的な視点との違いを行き来する面白さがあります。
喜屋武:桑沢で学んでいることを今後どう活かしていきたいですか?
中山:通い始めてまだ1年もたっていませんが、桑沢に入ってから見えてくる世界がどんどん広がっていて、グラフィックデザインやコミュニケーションデザインなど、他にも学びたいことがどんどん出てきています。個人的にも何かをつくることをずっと続けていきたいと思っているので、学んだことをそこに活かしていきたいと思います。
桑沢デザイン研究所夜間部 在校生 中山大暉さんの作品
■「第16回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」グランプリ受賞作品「F!nd!t」
出会いの瞬間の「お!」をしるせるデバイス。自転車での移動中に見つけた、いい感じのカフェ、素敵な景色など、心が揺さぶられた瞬間に「!」ボタンを押すだけで、急いでいても両手がふさがっていても、その場にしるしを残せる。連動するアプリ上には自分だけの地図ができあがる。今回は中村勇吾氏、原 研哉氏、深澤直人氏、三澤 遥氏の4名の審査員、ゲスト審査員の武井祥平氏、特別審査員の舟橋正剛の計6名で審査。定型のプレゼンシートによる一次審査、プロトタイプによる二次審査を経て、1,287点の中から選ばれた。
■モデリングの授業"スピードシェイプ"で制作した作品
「飛行機の中で礼拝する人のモーメント」
"スピードシェイプ"は、面と線を理解するための制作課題。海外駐在中に見かけた印象的なシーンとして、飛行機内で礼拝をする様子をテーマとした。「現代における礼拝のなかで最も高速のモーメント」として、スケッチを元に粘土で模型をつくるなど試行錯誤を重ねて形にした。
1954年に設立された、日本初のデザイン学校。ドイツのバウハウスをモデルとして発足して以来、そのカリキュラムは常に時代を反映してきた。夜間部は、2年間という短い期間でありながら、専門課程にふさわしい「教育水準の高さ」を維持した教育内容で、働きながら学びたいというニーズにも応える。学校見学・オンライン個別相談会も随時開催している。
桑沢デザイン研究所 夜間部
◎専攻デザイン科<夜間部2年制>
ビジュアルデザイン専攻/プロダクトデザイン専攻/
スペースデザイン専攻/ファッションデザイン専攻
所在地
〒150-0041 東京都渋谷区神南1-4-17
お問い合わせ
TEL 03-3463-2432(進路支援課)
学校ホームページ
URL https://www.kds.ac.jp/
2024.02.14