「つくりながら学ぶ」独自カリキュラムを構築し、創立70年。

優れたデザイナー、芸術家を輩出し続ける桑沢デザイン研究所

           
「つくりながら学ぶ」独自カリキュラムを構築し、創立70年。
優れたデザイナー、芸術家を輩出し続ける桑沢デザイン研究所

ファッションデザイナー・桑澤洋子によって1954年に設立された桑沢デザイン研究所。ドイツの芸術学校・バウハウスの理念と思想を継承したカリキュラムを実践し続け、2024年に創立70周年を迎えた。合同講義で2年次のメディア論を担当している御手洗陽先生と、1年次の基礎造形を担当している玉置淳先生に、桑沢におけるデザイン教育の現在と未来を伺った。

文=中山薫 Nakayama Kaoru 写真=梅田健太 Umeda Kenta

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【Profile】
御手洗 陽(みたらい・あきら)先生(写真・左)
埼玉大学大学院文化科学研究科社会文化論専攻修了。初めて夜間部の講義を担当して以来30年目。現在、研究分野のメディア論を中心に、合同講義のデザイン関連科目全般を企画・運営。デザインプロセスのなかでもリサーチを重視し、映像を使って観察力を高める課題(映画の観察)や、いつもとは異なる聴き方を体験する課題(明治神宮のサウンドスケープなど)による教育を行っている。

玉置 淳(たまおき・じゅん)先生(写真・右)
筑波大学大学院修士課程芸術研究科デザイン専攻修了。専門分野は構成。その後、ウェブやVRコンテンツの制作を経て、2019年より現職。桑沢デザイン研究所では基礎造形(構成・平面)の分野を担当。アナログとデジタルの間を行き来しながら制作する面白さを体感してもらえる授業を目指し、課題を組み立てている。

// I N T E R V I E W //


──桑沢は創立当初から「つくりながら学ぶ課題」に力を入れていますね。

御手洗 はい。その代表といえるのがハンドスカルプチャーです。木の塊を視覚に頼らず、触覚をもとに「自分の手に心地よい形」に仕上げるというものです。ドイツのバウハウスで教鞭を執ったモホイ=ナジ(1895―1946)が、米国シカゴで設立したニュー・バウハウス(後のシカゴデザイン研究所)で考案したものです。シカゴで学んだ写真家、石元泰博氏が帰国後に桑沢デザイン研究所で教鞭を執り、1954年設立当初から桑沢デザイン研究所のカリキュラムに組み入れられ、現在に受け継がれています。
 昼間部の1年次、基礎造形の課題として1年かけて取り組んでもらいます。200人の学生がつくったものを並べてみたところ、1つとして同じものはありませんでした。シンプルなものから驚くほど複雑な形をしたものまで千差万別なのに、素材と深く関わったものほど、共有されうる美が生まれています。

──今の時代だと3Dプリンターを使うなどして、早くきれいにつくりたいと思う人もいるでしょうか。

玉置 1年次の課題では、早くきれいにつくろうとする必要はありません。失敗してもそこには多くの学びがあり、結果的にアウトプットの質が上がる、幅が広がるということにつながります。僕は1年生を担当しているので、とりあえず失敗していいからたくさんつくってみるというところから始めています。
 知識と経験の積み重ねがあってこそ失敗が少なくできるようになるのであって、それはアナログでもデジタルでも変わりません。
 制作に入る前に、アイデアの段階で試行することも大切です。たとえば思いついた3〜4案の中から1つを選んで制作に入るのと、イメージの段階で試行錯誤して20案、30案と考えた中から1つを選んで制作に入るのとでは、後者のほうがゴールに辿り着くのが早いと感じています。

御手洗 僕は2年生のメディア論を担当していて、1つの映画を視点を変えて見てみるという課題や、明治神宮へ行っていつもと違う音の聴き方をしてみるという課題を出しています。視点や聴き方を変えてみると、いつもと同じ条件下でも予想外の映像や音と出会うという体験をします。これは表現の幅を広げ、できるだけアイデアを多く出せるようになるための課題です。

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──座学でも五感を通して学ぶ点が桑沢らしいですね。グラフィック・映像関連技術が進化し続けるなか、デザインとその教育は今後どう変わっていくのでしょうか。

玉置 僕はウェブやVR映像制作の仕事をしてきたのですが、ウェブでは新しい技術が出るたびにそれを使った新しい表現を模索するということが繰り返されています。この流れは今後もきっと変わらないですし、どんな分野でも同じだと思います。
 パソコンが普及した当初はマウスで操作していたものが、タッチディスプレイの登場によって大きく変わりました。近い将来、ARグラスが普及すれば、タッチさえしないで指の動きだけで操作するようになる可能性があります。その先に、今は想像もつかないようなデバイスが登場する可能性もあります。
 これからのデザイナーはクライアントから依頼された案件をただこなすだけではなく、どんどん新しいことを学んで、将来どんなUIが必要になるかなど、今はまだないものを創造していけるようでないといけません。そうでないと、デザインすることの面白みがなくなってしまうと思います。

御手洗 VRやARにおけるデザインを考えることは、原点に戻るよい機会になるかもしれません。デザインの原点は、生活環境全体の体験をどう創っていくかということだったからです。
 産業革命で大量生産が行われるようになって以降、ものをつくる仕事が分業化されたことでデザインの世界も写真・グラフィック・イラストなどと細分化が進んで、現在に至っています。そのなかで、紙メディアにはA4・B5のようなフォーマットがあり、映像メディアには画面というフレームがあることから、それを基準とした構図などのデザイン理論が構築されてきました。
 しかし、VRのような新しいメディアにはフレームというものがありません。代わりに求められているのがUI、UXです。これは生活環境体験をどう創っていくかということですから、デザインそのものだといえます。

玉置 新しい技術が生まれると、新しいニーズが生まれ、必ず新しいデザインが必要になります。今、特に面白い分野がVRだと思います。DressXのようなプラットフォームが登場したことで、デジタルファッション専門のデザイナーが誕生しました。すでにVR建築家、VRカメラマンといった新しい肩書きで仕事をしている人もいます。

御手洗 だからこそ、今後はデザインの基礎力がより重要になってきます。フォーマットやフレームという枠がいらなくなれば、それらを外した世界でデザインできる力が必要です。
 初期のメディア・アートにおいて、モホイ=ナジが追究してきたことも、まさにそういうことでした。彼はカメラが普及し始めた頃、カメラのレンズを使わずに印画紙の上に物を載せて感光させたものをグラフィック作品として発表しました。その頃、ニュー・バウハウスで基礎課題としていたのがハンドスカルプチャーでした。つまり、デザインというものはツールに依存して恣意的につくろうとしてもうまくいかないということを体験を通じて学ばせていたんです。
 当校では時代に応じて新コースを開設するなどの更新を行っており、現在は、VRを含めた総合的なメディアの学習体験ができる教育内容を検討中です。これまで通り、「手を動かしながら考える」「つくりながら学ぶ」ことをベースとしつつ、「自分でつくる喜び」(アーツ・アンド・クラフツの原点)にもつながるような、新しい体験ができるカリキュラムを目指しています。

【ハンドスカルプチャー】
木目やフォルムなど視覚的な美しさではなく、手の触覚だけを判断基準にして「手に調和する形」や「手が楽しめる形」を探求する課題。作り手の感性と素材の特性や手加工の偶発性が形に変化を与え、結果的に世界に1つだけの作品が生み出される。この制作を通して人の手の動きや機能と、素材や加工の特性を同時に学ぶことができる。

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// W O R K S //

御手洗先生、玉置先生による共同研究
〈環境=身体〉論に基づくVR制作の試み
御手洗先生と玉置先生の共同研究で、生物が環境とどのようにかかわっているかを体験できるVR作品。最初の作品は『Dog Vison 360』(写真・左)で、VR技術を活用してイヌがとらえた360度の視覚・聴覚情報を構築。イヌが気になっている行為や出来事が出てきた時に注意喚起のアニメーションが出てくるつくりとなっている。第2作目は『Plant Vison360』(写真・右)で、植物がこの世界をどのように世界を感じているかを想像して設定し、視覚器官がない植物の世界の感じ方を視覚的に表現。こちらの作品も植物が感じたものや出来事に対して注意喚起が出てくるつくりである。両作品とも、人間の五感を中心とした環境との関わり以外の世界のあり方をイメージする試みとなっている。この研究は、同校の創設にも深くかかわった清水幾多郎ら講師陣による議論(環境=身体論)が直接的な背景や文脈になっているという。

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『Dog Vision 360』
https://youtu.be/YTJSIy_vSQ0

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『Plant Vision 360』
https://youtu.be/T0nC_xSAtpk

桑沢デザイン研究所
1954年に設立された、日本初のデザイン学校。ドイツのバウハウスをモデルとして発足して以来、そのカリキュラムは常に時代を反映してきた。夜間部は、2年間という短い期間でありながら、専門課程にふさわしい「教育水準の高さ」を維持した教育内容で、働きながら学びたいというニーズにも応える。

昼間部◎総合デザイン科〈昼間部3年制〉
    ビジュアルデザイン専攻/プロダクトデザイン専攻/ 
    スペースデザイン専攻/ファッションデザイン専攻
夜間部◎専攻デザイン科〈夜間部2年制〉
    ビジュアルデザイン専攻/プロダクトデザイン専攻/ 
    スペースデザイン専攻]
夜間附帯教育〈1年〉基礎造形専攻/基礎デザイン専攻

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所在地
〒150-0041 東京都渋谷区神南1-4-17
お問い合わせ
TEL 03-3463-2432(進路支援課)
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URL https://www.kds.ac.jp/

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