構成=野口真弥 Noguchi Maya 文=横山美和 Yokoyama Miwa 写真=梅田健太 Umeda Kenta
武蔵野美術大学は、向学心に富んだあらゆる人に開かれた造形芸術の総合的な大学である。他学に先駆けて開始した通信制による造形教育は、前身の武蔵野美術学校から70年以上の歴史をもつ。
今なお、その教育は幅広いニーズに応えながらも現代を意識した実践的なカリキュラムを提供することで独自の進化を続けている。武蔵野美術大学造形学部通信教育課程 清水恒平教授と、卒業生である長通卓也さんに話を聞いた。
1990年岡山県生まれ。2012年香川大学経済学部卒業後、新卒でメーカーに入社。主に情報システムに関わる業務を行うかたわら、2016年から武蔵野美術大学造形学部通信教育課程デザイン情報学科にてデザインを学び、2021年同大学を卒業。
清水教授:本学の通信教育課程(ムサビ通信)は、ムサビの伝統と枠にとらわれることのないフレキシビリティのある独自のカリキュラムによって構成されています。現在、ムサビ通信には専門性を身につける3学科4つのコース(油絵学科絵画表現コース・油絵学科日本画表現コース・デザイン情報学科デザイン総合コース・芸術文化学科芸術研究コース)が用意されており、学生はそれぞれの関心に基づいた専門的な学びを、4つのコースから自身の専攻として選択することができます。
学生は各コースに設けられた「学科別専門科目」のほかに、幅広い学問分野と造形の理論を学ぶ「文化総合科目」、様々な造形分野の基礎や総合力を身につける「造形総合科目」を各自選択することができます。これはムサビ通信の特色の1つで、例えば、油絵を学びつつデザインを学ぶ、といったことが可能になります。従って、4年間のムサビ通信での学びは、しっかりとした造形力の基礎はもちろんのこと、確かな専門性を深く養い、そして、多様な社会で造形に携わっていく横断的な知識を身につけることができるように工夫されています。
清水教授:ムサビ通信には、各科目の内容に応じて、「通信授業」「面接授業(スクーリング)」「メディア授業」の3つの授業形態があります。
「通信授業」とは、本学教員を中心に第一線の美術家や研究者が執筆した教科書と学習指導書によって進めるもので、学生は自分のペースでレポートや実技課題作品を郵便やWeb上でやり取りしながら課題に取り組みます。
「面接授業」では、実技科目を中心に鷹の台キャンパスや吉祥寺校(※吉祥寺校の使用は2023年度まで)・三鷹ルームのいずれかの会場で直接教員から指導を受けます。7月下旬から8月に行われる夏期スクーリング、1年を通して週末スクーリングを開講しており、学生の希望するコースや科目の選択によって異なりますが、1年間で約20日間程度は受講します。
そして「メディア授業」は、オンライン上で講義動画を視聴し、質問やディスカッションを通して、教員とコミュニケーションを取り理解を深めながら学習を進めていく授業となっています。具体的には、オンデマンドとリアルタイムの授業があり、オンデマンドはメディア視聴を中心に、リアルタイムはZ O O Mを使用しての講義を受け、制作を行います。ディスカッションやグループワークを行う場合もあります。学生はこれらの授業形態を組み合わせて学びを深め、最終的に自分自身のテーマを設定した上で、美大での学びの集大成としての卒業制作や卒業研究に挑みます。
長通さん:大学生の頃、私は経済学部で学んでいたのですが、心の中ではずっとデザインをやりたいと思っていました。ですが、当時はそのまま一般企業に就職したんですね。就職してしばらく経ち、いろいろと仕事に携わってわかったのは、自分はやはりデザインをやりたいということ。情報を調べているうちに、ムサビの卒業制作展をやっているということを知り、実際に観に行きました。それは通学課程の卒業制作展でしたが、そこで生み出された作品の数々を目の前にして、私はデザインを仕事としてやりたいのだと改めて思いました。
そこで、働きながら自分のペースで学べるムサビ通信の門を叩くことにしました。私は一度大学を卒業しているので、編入学というかたちで2年次のデザイン情報学科に進学しました。仕事を抱えてのスタートだったので、週末のスクーリングを中心にすれば乗り切れるのではないか、というふうに考えました。
長通さん:私の場合、平日は仕事をしている関係で帰宅してから夜に学習をするということが時間的に難しかったので、週末にすべての課題を行うという計画で学習を進めました。スクーリングがある時は出席して、ない週末には全ての課題をこなすといった感じです。ムサビ通信はわりと自由に科目を選択できるので、私はグラフィック系の科目だけでなく、平面から立体までデザインを学びました。グラフィックでは文字組などの授業があり、これは教わらないとできない作業だと思うものばかりでした。こうしたスキルだけでなく、いろいろなモノの見方ができるようになったのはムサビ通信のおかげだと思います。スクーリングでは、自分とは全然年代の違う人達と、職種・業種に関係なく、関わりを持つことができ、人脈にも恵まれました。
特に、他者と協力して課題に取り組むグループワークでは、それぞれが持つ経験や背景を活かした場面に数多く触れることができました。L INE グループを作ってやり取りしたり、飲みに行くときもあれば、情報交換をすることもあり、デザインを拠り所にして、皆同じ学生として交流ができるというのはとても面白い経験でした。
また、卒業制作では興味のあった「カテゴリー」をテーマに、あえてそれを壊して私達の周りにあるモノの見方を変えてみるという入門書のような作品を制作しました。「カテゴリー」って、なんとなく分けられていますよね。それは、おそらく、本当はわかりやすくするためのものだと思うのですが、実はこれが正しいと押し付けてしまうこともある、だから、それって見方として正しいのか? という問いをあえてここで投げかけてみたかったのです。
こうしてできた卒業制作にかけた時間は2年ほど。本来ならば半年で終えられるところをあえて私は卒業を延長させることでじっくり取り組みました。こういう時間の使い方ができるのもムサビ通信ならではだと思います。そして、今、私は念願叶ってデザインの仕事に就いています。
清水教授:私の所属するデザイン総合コースは仕事をしながら学ぶ人が多い印象があります。一言でいうと何かのプロフェショナル。子育て中の人もいれば、会社員の人もいて、もちろん、高校を卒業してすぐの人、長通さんのように他の大学で学んでから来ている人、転職を目的としている人な様々ですが、それぞれがその業種の中で、それぞれの専門領域をもった上で、仕事につながる学びを求めて、デザインをオンしようと活動している人が多いという印象を受けます。
これまでのスキルだけではなく、そこにデザインを学び重ねることで、新たな社会の変化に対応しようとするということ。それはこの時代においてはごく自然なことなのではないでしょうか。
ムサビ通信は必ずしもデザイナーを養成する学校ではありません。多様な職業の中にデザインが浸透していくこと、デザイン的な考えをもって生活できるようになる、そういった多面的な理解の上で成り立っています。ですので、ムサビ通信はその意味で、学び直しではなく「学びをプラス」する場だと考えています。
◆デザイン情報学科デザイン総合コース「デザイン総合研究Ⅳ」
下記は、デザイン情報学科デザイン総合コース「デザイン総合研究Ⅳ」のスクーリング授業風景だ。この日は吉祥寺周辺の水をテーマにした「おもちゃ」の制作を課題とし、講評会が行われていた。
武蔵野美術大学通信教育課程
〒180-8566
東京都武蔵野市吉祥寺東町3-3-7
HP:https://cc.musabi.ac.jp/
メール:cc-nyugaku@musabi.ac.jp
■2022年度卒業制作展会期:3月11日(土)〜3月14日(火)
会場:鷹の台キャンパス
2023.02.14