昨今の「生成AI」の台頭はめざましく、言葉を打ち込むだけで誰もが簡単に絵を描ける時代が到来した。そんななか、アーティスト・吉田 佳寿美(KATHMI)の活動が話題を呼んでいる。これまで商業アートで人気を集めてきた吉田が、今、生成AIに注力し、新たなアートの可能性を切り開こうとしているのだ。その深き眼差しに迫る。
取材・文 阿部愛美
"生成AIアート"の展覧会「KATHMI展 生成AIは地獄か、極楽か。」で公開された手描きの作品
生成AIと共鳴する変革者
ストリート界に限らず、努力を惜しまずクリエイティブに邁進する人たちの支持を得ているアーティスト・吉田 佳寿美(よしだ・かすみ/KATHMI。以下、吉田)は、ウォールアートを軸に活動の幅を広げてきた。作家として描くモチーフはたいてい女性。はでやかで力強く美しいその姿は、吉田本人の人間性にも通じるものが感じられた。
大学時代から約10年にわたって精力的に活動してきた吉田だが、ここ1年ほどは「手を動かして絵を描くことはあまりないんです」と語る。やっていることといえば、もっぱら自らの思考やビジュアルを要素分解して言語化すること----。彼女は今、生成AI(Artificial Intelligence/人工知能)によって自分の作風をコンピューター上で学習させ、それによって作品を自動生成したり、アナログ絵やデジタル絵の制作プロセスの補助として活用しているという。
アートを含むあらゆる分野において、生成AIのあり方や是非が問われる今、「生成AIとは、アウトプットのためのツールの一つというのが私の答えです」と話す彼女のそぶりは、感傷的でもなく楽観的でもなく見えた。
先日、吉田による"生成AIアート"の展覧会が、東京駅丸ノ内口から徒歩1分の場所に位置する丸善・丸の内本店内のギャラリーで開催された(24年1月31日(水)〜2月6日(火))。「KATHMI展 生成AIは地獄か、極楽か。」と名付けられた同展の会場には、「GEISHA(ゲイシャ)」シリーズと名付けられた女性画が108枚展示された。どの女性も着物らしきものを着ていて、うなじを強調する抜衣紋(ぬきえもん)や、日本髪の島田髷を思わせるヘアスタイルが見受けられる。
"生成AIアート"の展覧会「KATHMI展 生成AIは地獄か、極楽か。」で公開された生成AIを使用して描かれた作品
モチーフこそ共通しているものの、ストーリーを感じさせる連作やさまざまな配色展開が楽しめるシリーズのほか、龍と共に描かれた大作まで、大きさも内容もバリエーションに富んでいた。どれも滑らかな曲線と水彩画のような色の滲みが美しく、それでいて大胆な構図は浮世絵のようでもあるが、驚くべきことに吉田は「この展覧会の和風の絵で、私は一枚も絵を描いていないんです」と言った。というのも会場に並んでいるのは、吉田の描く絵を学習したLoRAデータや、言語化したテイストや人間性、これまでのバックグラウンドや思考の傾向を学習させたAIが導き出した解であり、108枚の作品はその一部でしかないのだという。
その行為は「優秀なアシスタントに依頼することとよく似ている」とし、「生成AIは、脳の中身を外に出すためのインターフェースの一つだと思っています。生成AI自体、人間の脳を模して作られたものであり、アートのアウトプット本体は私の脳から出るものですから」と語った。
以下、"生成AIアート"の展覧会「KATHMI展 生成AIは地獄か、極楽か。」のリーフレット
約半年の独学で構築してみせた、生成AIのアートプロセス
生成AIに初めて吉田が触れたのは、約1年前の23年3月。小学生向けに書かれた本でプログラミング言語「Python」を2週間で獲得し、約半年後には画像生成AIのアートコンテスト「ワールド AIグランプリ」(23年10月)および「AIアートグランプリ」(同11月)にて、それぞれ賞を受賞するまでに至った。
吉田が説明する生成AIアートのプロセスはこうだ。
まず、インターネット上に存在する何十億もの情報から必要な画像を抽出したデータを備えたStable Diffusion Web UIのローカル環境を構築する(①)、希望する絵のスタイルに合わせて自分の絵の文脈に沿うように「Textual Inversion」でベクトルを合わせる(②)。そして、「LoRA」という「ファインチューニング」によって求める自分の絵の作風や癖などを覚えさせる(③)。それまで「テキストデータ」(英語)で行われていた①〜③の工程について、最後に全体の文脈を整理させる指示(プロンプト)を与える(④)ことで、作品として最後にアウトプットするのだという。
例えばAIアートグランプリでの受賞作『GEISHA』の場合、①をたちあげ、②ではなどのベクトルの方向を与え、独自につけたファイル名のテキストから作られた、フィルター的な役割をする機能で画像を呼び出し、喜多川歌麿の美人画や歌川広重の『東海道五十三次』などで構成した独自のプログラム「江戸時代学習セット」を投入する。③では吉田が本作のために描いた教師データ(AIが機械学習に利用するデータ)となる20枚のデジタル絵を元に繰り返しファインチューニングして、④ではこれまで学習した内容を自然な文脈になるように整理してイラストとして抽出する、といった具合だ。
制作にはWindowsに高性能のグラフィックボードを搭載したハイスペックマシンを使用し、アプリケーションについては、①は画像生成AI「Stable Diffusion」、②は「Textual inversion」、③は「LoRA」データを使用した独自の「KATHMIフィルター」を用いており、④ではLLM(大規模言語モデル)を使用している。(24年2月取材時)
画像生成ソフトを使えば誰もが簡単に絵を生成できるこの時代に、吉田の生成AIアートがコンテストで評価された点について尋ねると、「主には、②と③を独自にプログラミングのツールを使い、構築している点」を挙げた。生成AIを使っている時点で、何十億枚ものデータを下敷きにしているのが現代の倫理問題として議論の余地が残っているのですが、漏斗のフィルターのような役割を果たす「Textual inversion」や「LoRA」を独自のデータから作っているところが高評価につながった。
加えて、Stable Diffusionをオフライン(ローカル)利用していることも、作品を特徴づける大きなポイントとなっているという。「オンライン利用の場合には、センシティブだと判断されているNGワードがいくつも設定されていて、GEISHAの場合は「Shunga(春画)」や「Sexy」が該当します。けれど、艶やかさや色気を表現しないことには芸者を真に描くことはできないと考えたので、表現の自由の獲得のためにもローカル利用を選びました」と教えてくれた。
生成AIが抱える重大な問題と共に突き進む未来
世界的にみて、生成AIが一般層に好意的だと考えられている日本では、22年11月に「ChatGPT」が公開されるやいなや、たちまち生成AIが大衆化したものの、法整備やルールづくりなどは追い付いておらず、これまでの制作者たちの努力を強制的に搾取するような構造になっており、問題は山積みだ。
「生成AIには元になる教師データが必要ですが、現状はインターネット上にある何十億もの情報を活用して学習しています。そこには著作物も含まれていますから、著作権を侵害する生成物が出回ることの危険性は極めて深刻です」と言う。
EUでは、著作権者を保護したり、尊重するような方向性に法整備が進んでいる。加えて、米国では権利が証券化し、商業に特化したような組み立て方になっているので、AIもそのような使われ方をしていきそうだ。
日本では、無断利用した場合には著作権侵害にあたる可能性があるとの考え方を先日やっと取りまとめ、著作権の適正保護に向けて小さな一歩足を踏み出したばかりだ。
「著作物に関する対応については議論を重ねる必要性がありますし、私のように生成AIを活用するプレイヤーの倫理観やリテラシーも求められると思います」と自戒した上で、「現状、私は著作物の切れた画像や自分の作品を教師データとして利用していて、使用にあたっては先人が積み重ねてきた発見や発明を踏みにじることにならないように最大限配慮してきました。同じプレイヤーに対しても展覧会などを通してその思いを発信していけるように努力すべきだと考えています」と意気込んだ。
その上で、自らを「生成AI推進派」と話す吉田は、「それは自分や世界の可能性を広げるもの」と断言する。
「限られた人生の時間の中で、人は何かを得るために何かを諦めなければなりませんよね。私は30歳を迎え、これから出産や子育てをする可能性があり、その一方で自分のキャリア会社の行末についても考えていく必要があります。そんななか、生成AIによって自分の労働力のキャパシティの限界を越えることができたことは喜びでしかありません」。
生成AIによって、プライベートと仕事を天秤にかける必要がなくなった吉田がアートで目指す未来は「みんながハッピーになれる世界」。「ウォールアートでも、生成AIアートでも、自分の作品は人と人とをつなぐものとして機能させたいという強い思いがあります。そのためにはパブリックスペースに自分の作品を増やしていきたいです」と話す。
"優秀なアシスタント"を得て自身の可能性を拡張した吉田は、これからも力強く活躍の場を広げていくに違いない。それが、たとえ茨の道でも。
以下、"生成AIアート"の展覧会「KATHMI展 生成AIは地獄か、極楽か。」で公開された手描きの作品