新進気鋭のアーティストのアート作品の展示、アート作品からインスピレーションを受けた創作スイーツやギフト商品。それらのきめ細やかなデザインに高い美意識が漂うスペースが新宿駅構内にオープンした。「Rand15」と名付けられた新事業として、このスペースのアートディレクションを担当した株式会社リンワン(以後リンワン)のアートディレクター・中島望さんに、ありったけの思考と表現を注ぎ込んだオープンまでの取り組みを伺った。
新宿駅東口地下1階の一角に小さなカフェがある。2023年10月20日にオープンした「NANATEA&Tsutsumiルミネエスト新宿店」だ。おしゃれなカフェスタンドという佇まいに遠慮せず、斬新な現代アートが展示されている。これらがしっかり調和しているので、今まで味わったことのない居心地を体感できる。常に慌ただしく人々が行き交う新宿駅に「忙しい日常から15分でも心の余白を感じられる場所」というコンセプトをもとに、リンワンが運営する既存のイベントスペース事業「Rand」に「15」を加えた新事業「Rand15」が同店のオープンを実現させた。そのコンセプトワークやアートディレクションを担当した中島望さん。実は、美大卒業後、新卒入社6か月目。お店のビジュアルに関わる製作や、キュレーションをはじめとしたアーティストとのやりとり、販促物やパッケージのデザイン・制作、SNS投稿まで、そのほとんどを担っているから驚かされる。アートとカフェの融合という事業コンセプトは既に決まっていたとはいえ、短期間で多くのアイテムを仕上げていくことは熟練者でも容易くない。
アートディレクター・中島望さん
「まず始めに弊社の既存のカフェの店員から始めました。週に何回かお店に立ち、お客さんの属性、反応、繁忙時間、人気メニューなどあらゆるリサーチをしました」。もともと店員としてバイトをしながら、メニューやPOP等をデザインしていたことが評価され、入社のきっかけとなったこともあり、スムーズに取り掛かれた。店舗でのリサーチやアートディレクションと並行して、アートのキュレーションも始めた。「創造性が出会う場所」というもう一つのコンセプトも中島さんが考えた。2か月ごとにアーティストと展示作品、それにともなった限定ケーキとギフト商品のパッケージを入れ替えていくことでコンセプトを具体化させることとなった。第一弾のアーティスト・本橋孝祐氏。リンワン代表取締役、崔萌芽氏のお墨付きだったが、作品のずばぬけた発想と表現力、説得力あるコンセプトワークの秀逸さだけでなく、本橋氏の素晴らしい人柄にこの事業の成功を確信できた。本橋氏の杉の木を使った作品「MATRIX」シリーズから2点を展示。別々の時間軸が存在することの象徴「年輪」を用いて、異なる存在が一つに調和する様を表した作品である。小さくかわいいカフェが刺激的なアートに出会える場所となった。本橋氏のアート作品からインスパイアを受けたスイーツをパティシエがデザイン・制作した。モチーフの「年輪」と「異なる存在」を想起させる様々な素材を使用し、食べ進めていくごとに味のバランスが変化するガトー。アーティスト、パティシエ、アートディレクターの3人の共創により独創的なスイーツができあがった。「今後、アーティストが変わるたびにアーティストと弊社のパティシエと3人で話し合ってオリジナルのスイーツを開発していきます」と中島さんは新たなスイーツの共創に期待感を高めている。
創作スイーツ ère couche(エルクーシュ)
ギフト商品パッケージ コーヒードリップバッグ4種セット
ギフト商品パッケージ&ボトル 日本酒3種ギフトセット
スイーツ以外に店内のデザイン、食器、ギフトのパッケージ、ロゴの一部分などもデザインした。これらは共創ではなく、一人での孤独な作業だが、代表取締役の崔氏や上司の助言をもらい、お客様の需要や制作する販促物の目的に対してコミットできるか、世に出すものとして、自社のブランドとして適しているかなど、あらゆる点を踏まえながら、最適な表現に導いていった。「期間ごとに変化するアートの良さが最も際立つように、店内やパッケージなどはシンプルで洗練されたテイストで、かつ美術館やギャラリーにはない暖かさも意識してデザインしました」ロゴや食器なども併せて監修したことで、全体に破綻のない統一感が生まれた。
アートとカフェを融合させる。この施策の目的は、リンワンの不動産事業として、まず商業施設や空きスペースにテナントとして入り収益化させる。そこで企業のアート誘致事業を実現させ、同時に地域活性化をも狙う。日本のアートビジネスを盛り上げるとともにアーティストの支援を行っていくことだ。日本人にとってアートを購入して部屋に飾るという文化レベルはお世辞にも高いとは言えない。住宅事情もあるが、そもそも日常にアートを体感できる場が少なく、身近にアートを伝える人もいない。そのためアートの本質的な魅力や価値が理解しづらいのかもしれない。「世代、性別、職業などのバックグラウンドは何も関係なく、さまざまな人が立ち寄ることができる、アートに出会える場所が必要だと思います。ここでは、カフェによくあるインテリアのようなアートの展示ではなく、アートをもっと見たい、もっと知りたいという感情を刺激するような場所になればと考えています。アートの価値を感じていただき、作品を購入する。そんな人がもっと増えたらといいなと思っています」世界一乗降者が多いといわれる新宿駅の構内。年齢、性別、職業だけでなくあらゆる人生観、価値観を持つ多種多様な人々が行き交う場所だけあって、新たなアートとの刺激的な出会いの場所には最高の立地だ。
客席のカウンターには、店内に展示する作品を購入することができる旨を伝える案内も設置されている。ただ、本橋氏の作品のひとつは既に売却済だった。「ここで作品をご覧になられた方が写真に撮ってSNSにアップした投稿を見た方が購入したんです」そういう時代だ。この場所が購入の現場でなくていい。ここでアートを観た人々が刺激を受け、SNSで思い思いに拡散する。美術館やギャラリーよりカフェの方が気軽に拡散してくれるのだ。学生時代に半年間イギリスの大学に留学していた中島さん。そこでは、毎週夜にスクールのアトリエが解放され、学生が集まって、飲みながら作品を講評しあったりしていたそう。「このカフェもアーティストやアートに関心を持つ人、持つようになった人が集まって、美味しいドリンクやスイーツも味わいながらアートを鑑賞する。そんなコミュニティが出来上がると、もっとアートを取り扱うお店、ブランドとしてもこの場所の価値が上がると思います」入社半年で成し遂げたこのスペースの仕事はまだまだ始まったばかり。これからもアーティストのキュレーションやアートディレクションに追われる日々は続く。この先、大学で学んだアートのキュレーターになることや、作品を作ってアーティスト活動をするという夢もかなえたい中島さん。自身の作品がこのスペースに展示され、売れる瞬間に立ち会う日はそう遠くはないはず。
【初回展示アーティスト】本橋孝祐氏
プロフィール
1989年兵庫県生まれ。立命館大学卒業。幼少期の阪神淡路大震災の経験から社会学・社会心理学を学び、3.11支援活動や国連インターンを経てアーティスト活動を開始。
現在東京を拠点に活動。主な展覧会に「Eternal Finite(MIAKI Gallery、東京)」、アートフェア「Art on Paper(NYC)」。受賞歴に「Contest in New York(Ashok Jain Gallery)」など。また関西国際空港でのアートディレクションなど、パブリックプロジェクトにも積極的に取り組んでいる。
【展示作品】
MATRIX(5×5,gold) H530×W530×D40mm.
金箔、硫黄、杉/Gold leaf,sulfer on Japanesecedar wood
2023
MATRIX-LIFE LINE(1×15,gold) H100×W900×D40mm.
金箔、杉/Gold leaf on Japanese ceder wood
2023