『とんがり帽子のアトリエ』の白浜鴎さんに聞く。世界中で愛される作品を生み出すために<前編>

『とんがり帽子のアトリエ』の白浜鴎さんに聞く。世界中で愛される作品を生み出すために<前編>

インタビュー・文:森﨑雅世

緻密で繊細な描画、ジュブナイル小説を読むようなストーリー、そして魅力的なキャラクター......国内だけでなく世界中にたくさんのファンがいる『とんがり帽子のアトリエ』。アニメ化も発表され今後ますます楽しみな本作の作者である白浜鴎さんに、この作品が生み出された経緯から影響を受けたアーティストまでさまざまなお話を伺いました。

前編では世界中で愛される『とんがり帽子のアトリエ』の魅力的なストーリーやキャラクターを生み出す源泉についてお聞きしています。

[Profile]
白浜鴎
東京藝術大学デザイン科を卒業後、フリーのイラストレーター、マンガ家として活動。2012年、『エニデヴィ』(全3巻、2013-2015年、KADOKAWA)でマンガ家デビュー。マーベルコミックスやDCコミックス、スター・ウォーズなどのアメリカン・コミックスのヴァリアント・カバーも手掛ける。2016年に講談社「月刊モーニングtwo」で『とんがり帽子のアトリエ』(既刊10巻、2017年-、講談社)の連載を開始。2021年にはアニメーション「スター・ウォーズ・ビジョンズ The Elder」(大塚雅彦監督・脚本、トリガー制作)のキャラクター・デザインを担当し、そのコミカライズを「月刊ビッグガンガン2022年Vol.6」(スクウェア・エニックス)に掲載。

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世界中で人気の『とんがり帽子のアトリエ』その秘密

--『とんがり帽子のアトリエ』は、国内はもちろん、累計発行部数が全世界累計450万部(電子含む)と世界中で大人気です。どうしてこのように世界中で受け入れられていると考えますか?

白浜:そもそもファンタジーという地球ではない別の世界を舞台にした作品なので、どこの国の人たちも自分たちとは違う世界の物語としてフラットに読むことができるのではないかなと思います。日本でもないし、ヨーロッパに似ているけどちょっと違うし、もちろんアメリカでもアジアでもない。もしどこかの国の歴史ものだったら、思い入れとか愛国心など国によって感じ方が違うと思うのですが、ファンタジーではそれがない。みんなが同じように初めてその世界を見て驚くことができます。

--もともとそういう狙いがあってファンタジー世界を描こうと思ったのでしょうか?

白浜:そのとおりです。『とんがり帽子のアトリエ』は最初から国内だけでなく、海外の読者さんも想定していました。先日マレーシアのAniManGaki2022というイベントに参加しましたが、マレーシアでも日本と変わりなくマンガやアニメが好きな人がたくさんいて、『とんがり帽子のアトリエ』のコスプレをしてくれたり、すごく好きと言ってくださる人がいてとても嬉しかったです。ちゃんと届いているのだなと感じました。

--アメリカのアイズナー賞やハーベイ賞も受賞されていて、世界中にファンの方がいらっしゃいますが、日本と海外のファンとで違うなと思うところはありますか?

白浜:あまり違いを感じたことはないです。サイン会でも、すごく積極的な方もいれば、シャイで緊張してしゃべれなくなってしまう方もいて、それは日本も海外も変わらないなと思います。人気のキャラクターも同じだったり、衝撃を受けたり感動してくれるシーンも似ているんですよね。

私自身が海外のドラマやコミックスがすごく好きなのですが、元の言語のファンと感動するポイントが違っているのだろうかと思ったらそうでもなくて、「あ、同じなんだ」と嬉しくなることがあります。読者として感じていた気持ちをいま作者の立場として体感することができて感動しています。

ファンタジーの世界だからこそ描けるリアルなテーマ

--『とんがり帽子のアトリエ』のストーリーの魅力のひとつに、子どもたちが夢を追いかけていく姿が等身大で投影されている点があると思います。こうした物語にしようと思ったきっかけは何ですか?

白浜:子どもに限らないのですが、学習によって能力を開花させていくことってすごく多いと思っていて。絵とか音楽とか運動とか、才能がなければ挑戦できないと思っていることでも、意外にできていることがあると思うんです。学校の体育の授業で、的に当たらなくても誰もがボールを投げることはできる。歌手みたいに上手くなくてもみんなで合唱はできる。美術館に飾られるような絵画は描けなくても、字が上手い人はたくさんいる。象形文字のように物の形をかたどって生まれた文字もあるから、文字を書くことは絵を描くことだと思っているのですが、そう思うと誰でも絵は描ける。自分では気づいていないだけで、誰もが実は能力を持っているんです。そのことに気づいたらもっとその能力を伸ばせる。そのことに気づけるような物語を届けたいという思いがありました。

--夢や憧れに向かっていくドキドキワクワク感がある一方、焦りや挫折感もすごく描かれています。ご自身の経験を踏まえてのことですか?

白浜:そうですね。絵を描く人は誰しもぶつかることだと思います。私の場合、大学生くらいになるとあまりなくなりましたが、芸大受験の時はすごく感じました。同じテーマで描いていて自分にはない発想や描写力のある人に出会うと、自分と比べてしまい、劣等感に落ち込んだり、逆に焦りがエネルギーになったり。そういうときって誰にも頼ることができないので、物語のなかにヒントがあったら嬉しいなという思いが表れているのかもしれません。

--こういう焦りや挫折感を表だって言う人は少ないから、マンガに描かれることで勇気づけられる人は多いと思います。

白浜:感じ方が人によって違うので、誰かと会話しても解決しないこともあると思うんです。でも読んで感じたことは自分との対話になるので、小説にしろマンガにしろ、同じ悩みを抱える人の物語を読むことは救いになるかもしれませんね。

--ストーリーが進むにつれて、障害を持った人物が登場したり、性暴力について描かれたり、ファンタジーの世界でありながら、現実的・社会的な話題が盛り込まれてきました。ココたちの成長物語からどんどん世界が広がってきたように思いますが、これは白浜先生がこの作品で描きたいものが変わってきたりしたのでしょうか?

白浜:もともとそのつもりで描いていましたし、逆に外せないテーマでした。私の中ではフィクションやファンタジーには物語の核として寓話的な側面があるものだと思っています。現実の世界じゃないからこそ、現実の問題をより生々しく浮き彫りにできたり、世界中の人がフラットな視点で見つめられるというのが、異世界を描く上での肝だと思っています。特別なことをしたという気持ちはなくて、むしろこれまでのファンタジー作品で積み重ねられてきたことの延長線上という感じです。

--49話で性暴力についての注釈が入っていたのが印象深いです。こうした注釈がなければさらっと読んでしまうところを、立ち止まって考えるきっかけにもなるように思います。これはもとから入れようと思っていたのですか?

白浜:ゲームや映画やドラマだと「暴力表現があります」とか「飲酒表現があります」とか冒頭にテロップで表示されることが多いのに、マンガだけなんでないのだろうと疑問に感じていたんです。暴力表現やトラウマを想起させるシーンがあるときはできるだけ注釈を入れたいと思っていて、出版社に相談したら快諾いただきました。こうした注釈を入れていいんだ、と思う人が増えていくといいなと思います。

こうして魅力的なキャラクターが生み出される

--『とんがり帽子のアトリエ』はキャラクターがすごく魅力的だと感じています。キャラクターがどういう人生を歩んできたかなど、設定をきっちりと作り込むほうですか?

白浜:人生まるごと作り込むというよりは、「この人物にはこういうことがあったらしいんだけど」と人づてに聞いた話程度のエピソードを考えています。現実でも、親しい仲だけど人生の全てを詳しくは知らないということがほとんどだと思うし、それがリアルだな、と。主人公のココと関わっていくことで少しずつエピソードを共有していくような解像度でモブキャラや脇キャラは作っています。

--キャラクターを生み出すときに、自分自身の一部をその人物に反映させていくという作家もいると思うのですが、先生はいかがでしょうか? キャラと自分は別ですか?

白浜:キャラクターの行動を描くときに自分だったらどうするかと考えてしまうので、自分の一部と言ったらそうなのかもしれませんが、どちらかというと知り合いや友達を想定していることが多いですね。ココたちの先生であるキーフリーとオルーギオは私が予備校時代にお世話になった先生コンビがモデルになっています。厳しめの雰囲気だけど情に厚い先生と、優しく見守ってくれるような柔和な先生でした。

--先生コンビのお話が出てきたのでお聞きしたいのですが、『とんがり帽子のアトリエ』はココをはじめ子どもたちの成長物語である一方、子どもに対する先生たち大人の責任もしっかり描かれているという印象があります。ココの物語であり、先生の物語でもある。子どもが自由に振る舞う様子や時には危険なことにも手を出すような奔放さ、無軌道な様子を描くために対比として描かれているのかなとも感じましたが、そのあたりのバランスはどのように意識されていますか?

白浜:そもそも大人が子どもを守るのは当然のことだと思っています。大人がしっかりして芯が通っていれば、子どもは安心して挑戦も失敗も繰り返すことができる。それはフィクションであっても現実であっても同じだと思います。私の学生時代には自由さや挑戦を見守ってくれる優しくてロジカルな先生が多かったので、教わってきた先生たちの集合体、私が思う理想の先生のイメージを描いているうちにそうなったという感じですね。

--登場人物が増えてきてもっとこのキャラのストーリーが読みたいと思ってしまうのですが、白浜先生の頭の中には描ききれていないサイドストーリーが構想されているのでしょうか?

白浜:そうですね。描いているうちにそれぞれのキャラの人生が浮かび上がってきます。あくまでココの視点で描かないといけないのですが、各個人のドラマを機会があれば描きたいですね。

--特に思い入れの深いキャラクターはいますか?

白浜:描いていくうちにみんなに愛着が湧いてしまって、ココの物語に絞らないといけないのに群像劇になってきてしまったなと思っています。

これは偶然なのですが、ココたちの視点で描かれる成長物語と、大人たちのシリアスな世界のストーリーが多層的に展開してきたおかげで、幅広い年齢の人に楽しんでいただけているのではないかと思っています。これは完全に偶然ですけど。

後編に続きます)



2022.10.13

 
               
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