『官能先生』作者、吉田基已に聞く創作へのこだわり<後編>

『官能先生』作者、吉田基已に聞く創作へのこだわり<後編>
好きなものを探すことが創作を続けるコツ

インタビュー・文:村治けい

講談社イブニングにて連載中の『官能先生』の著者である吉田基已先生に『官能先生』を描くことになったキッカケ、創作の源、画材へのこだわりなどについてお話を伺いました。その内容を、前編と後編の二部構成でお届けします。

『官能先生』あらすじ
出版社に勤務するかたわら、小説家として活動する鳴海六朗。ある夏の夜、稲荷神社のお祭りで謎の美女・雪乃と出会い恋をする。真面目で淫らなラブストーリー。

>>前編はこちら

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作品提供:吉田基已

少女漫画とつげ義春が混ざり合ってできている

--ここまで主に作品のストーリーづくりについて伺ってきましたが、ここからは描くことについて深くお話を伺っていきたいと思います。
子どもの頃や学生時代に影響を受けたり熱中していた作品はありますか。

吉田:子どもの頃、私は『りぼん』を読んでいたんです。『りぼん』を読んで漫画家になるって決めたようなものです。当時柊あおい先生の『星の瞳のシルエット』が連載されていました。今も大好きです。あと、別冊の増刊号に陸奥A子先生が描かれていて先生の作品との出会いも自分にとってすごく大きかったなって思います。今でも大好きな世界です。

その後、アニメにハマる時代がきました。何にハマっていたのかちょっと思い出せないんですが、アニメが好きっていう時代があって高校生に入ってからガロに出会います。その時に、つげ義春先生にもめちゃくちゃ影響を受けました。だから、自分は少女漫画とつげ先生の世界が混ざり合って今の形になっていると思っています。ペンでゴリゴリ描き込んだりするのは、つげ先生に憧れてやり始めたみたいなところがあります。

淡いグレートーンへのこだわり

--トーンのような淡い表現はどのように描いているのでしょうか。

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画像:『官能先生』/吉田 基已/講談社

吉田:通常、このような中間色を使う時はトーンを使うんですけど、私はそれを使うのがすごく苦手なんです。なので、コピックマーカーを使ってグレートーンを出しているんですね。それで製版のときに印刷に出るように処理してくださっているんです。他にも、3巻くらいから水彩色鉛筆を使い始めています。

--印刷にのるときは試したりするのでしょうか。

吉田:ほとんどおまかせしています。雑誌に載った時に何か不満に感じることがあれば伝えて単行本のときに何とかならないか相談をするんですけども、ほとんど言っていません。すごく綺麗にしてくださってるなと感謝しかないです。

紙や画材へのこだわりについて

--ブログやTwitterを拝見していると紙へのこだわりが伺えます。画材のイベントにも行かれるとのことですが。

吉田:画材のイベントは、単純に画材が好きだから行きます。行くだけでも気持ちが盛り上がるというか、刺激を受けるので。行くとやっぱり楽しいですね。

--創作の刺激になるんですね。

吉田:そうですね。絵の具が並んでいるのを見ているだけで幸せというか......。紙に関しては、私はよく透明水彩絵の具を使っているのですが、透明水彩って紙の影響がモロに出るんです。紙によって使えない技法や適さない描き方があるし、自分にあった紙は使ってみないとわからないんですね。それで画材のイベントに行って、色々試しているんです。

ブログやTwitterで使った紙の名前を書いているときがあるのは、あとから見直したときになんの紙を使ったかがパッとわかると役に立つので将来の自分のためでもあるんです。それと、他の方が使っている道具は気になりますし、自分も書いて共有しておけばどなたかの役に立つことがあるかもしれないと思って書いています。

--出し惜しみしないところがすごく優しいですね。

吉田:私も他の方の情報にお世話になっているのでみんなで共有したほうがいいと思っていて。ただ、色んな人がいいと言っていても自分で使ってみると全然合わなかったりとかよくあるので、本当に使ってみないとわからないところではあります。

--カラーのところの紙は編集部から指定されていないんでしょうか。

吉田:はい、自分で選んでいます。単行本の表紙みたいな「ここぞ!」という時は、アルシュという紙を使っています。確実に実力を底上げしてくれる紙です。

私も最初は紙のことを知らなかったのですが、ある日「一番いい紙買ったるで!」と思って試してみたら次元が違いました。ただ、塗っている最中の感触があまり好きじゃないというわがままな感想があって......。仕上がりはめちゃくちゃ良くなるんですけどね。なので、今もなんかいい紙ないかなと探しています。

--仕上がりは完璧だけど塗っているときの感触がピンとこないっていうのは不思議ですね。

吉田:そうですね。紙に塗った時に「ああ幸せ!」ってなる紙があります。それとはちょっと違います。でも単に慣れていないだけかもしれないとも思います。

--「ああ幸せ!」ってなる紙はなんですか?

吉田:ファブリアーノのエキストラホワイトという紙です。正式にはアルティスティコという名称かもしれません。あれはなんか幸せな感じになれるんです。それは絵の出来とは関係のない感じのことなんですけど。筆記具とかでも字を書くのが気持ちいい紙とかあると思うんですけど、多分そういう肌感覚のことですね。

--一番お気に入りの紙と画材を教えてください。

吉田:紙は難しいんですよね。一番は、そのファブリアーノ エキストラホワイトですかね。画材は、今は透明水彩を触っているときが一番楽しいです。透明水彩は気楽に始められるのが一番いいところです。

--絵の具はどこのメーカーのを使っているのでしょうか。

吉田:メーカーにこだわらず色んな絵の具を使っています。ターナーやホルベイン、ほかにウィンザー&ニュートン、シュミンケ、マイメリブルーなど、色んなメーカーを使います。

--自作している道具とかあったりしますか?

吉田:自作とまではいかないですが、無印良品の名刺ケースをパレットにしたりしています。これは私のアイデアではないんですけどね。これを普段持ち歩いて水筆で溶かしてすぐ描けるようにしています。

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デジタルツールとの付き合い

--吉田先生は基本的にアナログをお使いだと思うのですが、デジタルツールは使いますか?

吉田:iPad Proを持っていて、落書きとかラフにはめっちゃ使っています。だから「絶対アナログしか許さん!」みたいなそんなことは思っていないです。便利に使っています。

--ネームとかはどうですか?

吉田:ネームはいまだに紙です。パラパラって見たりするのがやりやすいので。

好きな作業と苦手な作業について

--よく漫画家さんが「ネームが一番難しい」と言いますが、それってどうなんでしょう。

吉田:難しいです!難しいんです。でも私の場合、ネームが一番好きです。漫画の醍醐味みたいなところだと思っています。

--逆に苦手な作業ってなんでしょう。

吉田:実は、原稿の作業が全部嫌いなんです。ずーっと苦痛なんです。これで仕上げて完成にしてしまうのが苦しくて。もちろんいい表情が描けた時など楽しいときもあるんですけどね。

--では〆切がなかったらずっと描いていたい派ですか。

吉田:〆切がなかったら出来上がらないのかもしれないなあ。もう諦めてやるしかないみたいな状況って必要なのかもしれないですね。

今後描きたいテーマや挑戦したいことについて

--今後描きたいテーマや挑戦したいことはありますか。

吉田:透明水彩がもっと上手くなりたいと今は思っていますね。カラーの原稿を描く機会自体が少ないものですから、いざ仕事で必要なときだけ描いていると全然上手くならないんですよ。それで日常的に描くようにはしています。仕事としてというより、趣味でもいいので何か描きたいなって思います。もっと自由に描けるようになるといいなと思っています。あと、iPadを仕事にもうちょっと活かしていけたらいいですね。

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普段から透明水彩の練習をしているとのこと。絵の具の色を確認したりも。
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作品提供:吉田基已
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作品提供:吉田基已

--描きたいテーマやモチーフはどうですか。

吉田:なにより官能先生がまだまだ続く予定なので今はそれしか考えていない感じです。毎回面白くできたらいいなと思っています。作り手の葛藤も描いていくことになるとは思います......。すごく大げさなことを言うと、人生そのものを描きたいみたいなところがあって。生活というか......その中に恋愛も仕事のことも生まれますよね。

漫画家を目指す人にメッセージ

--これから漫画家になりたい人に向けての質問です。創作の原動力や続けるためのコツはありますか。

吉田:好きなものがあると強いと思います。究極それを探すことしか方法はないのかなと思っています。描きたいものやテーマとか。私もそれに悩んでいた時期があって、自分の好きなものはなんだろうってずっと考えていました。

--吉田先生の場合は、どうやって好きなものを探しましたか。

吉田:好きなものを探すのって難しいですよね。私は日本映画を集中的に観始めた時期があるんですが、最初はハマれないことも多かったです。でも、観続けているとだんだん自分の好きな作品の傾向とかがわかってきたり、好きな監督さんがわかったりして繋がっていきました。そこから興味が広がったので、むやみに手を出すこともアリだと思います。

私は流行りに疎くて、流行っているものを観たり聞いたりとかそんなにしていないんですよね。なので「どんどん流行りのものとか新しいものをインプットしたほうがいい」という意見に焦ることもあります。だけど、どちらかというと数をたくさん観るより一つのものを何回も観たりしてきたタイプなので、そういう方法もあるよというのは言いたいですね。自分に合った方法で世界を広げる方法があるんじゃないかと思います。

--確かに「あれを観なきゃダメだとか、流行っているから追わないと」と焦ることありますよね。

吉田:ちょっと焦るんですが、それはあんまり気にしないでおこうと思っています。自分の好きだなと思った作品を何回も読んだり観たりして咀嚼するのも意義深いと思うんですね。

--どのような意識で漫画を描いているのでしょうか。

吉田:絵を描くのも好きなのですが、やっぱり漫画を描くのが一番やりたいことなんです。『官能先生』は過去の時代に本当に存在した漫画みたいな感じになるといいなと思っています。現代人が読んで面白いと思えるものでないともちろんいけないんですけど、昔の感じが出るといいなみたいなことは思いながら描いています。

--どうもありがとうございました。

2021.09.02

 
               
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