『官能先生』作者、吉田基已に聞く創作へのこだわり<前編>

『官能先生』作者、吉田基已に聞く創作へのこだわり<前編>
創作の源は古い日本映画や小説から

インタビュー・文:村治けい

講談社イブニングにて連載中の『官能先生』の著者である吉田基已先生に『官能先生』を描くことになったキッカケ、創作の源、画材へのこだわりなどについてお話を伺いました。その内容を、前編と後編の二部構成でお届けします。

『官能先生』あらすじ
出版社に勤務するかたわら、小説家として活動する鳴海六朗。ある夏の夜、稲荷神社のお祭りで謎の美女・雪乃と出会い恋をする。真面目で淫らなラブストーリー。

TOP画.jpg
作品提供:吉田基已

キッカケは蟲師のトリビュート作品

--改めて『官能先生』を描くことになったキッカケや動機を教えてください。

吉田:官能先生の前にやっていた連載『夏の前日』が終わったタイミングで、漆原友紀先生の『蟲師』をトリビュートした読み切りを描きませんかとお話をいただいたんです。それで蟲師の世界をお借りして自分にどのような作品が描けるのか考えて最初に出したのがエロいネタでした。エロいのでそのネタは使わずに、その時はほかのアイデアを考えて描くことになりました。その後その採用しなかったエロいほうのネタを蟲師の設定は使わずに独自のオリジナルの読み切りで描けないかと考えていました。登場人物の落書きをしながら考えているうちに、この二人を描きたいという気持ちになり、それが今の官能先生のキャラの原型となっています。

--ヒロインの雪乃さんの造形は中原淳一の影響を受けたそうですが、それもその頃だったんですか

吉田:そうです。考えていた期間が長くてその間に色々絵を観たり本を読んだり影響を受けつつ形にしていきました。主人公の小説家という設定も最初のアイデア段階で設定としてあったんですが、あとはもう当時のアイデアとは全く別物になっています。

--官能先生は武者小路実篤の『真理先生』からも影響を受けたとコミックス1巻に書いてありましたね。

吉田:漫画の具体的な内容をどうしようかなと考えている間、色々読んでいた時に『真理先生』を読んで、なんか本当に空気感がすごくいいなと思ったんです。真理先生のもとに芸術家の人達が集まるみたいなものもいいなと思い、作中に登場する大御所の作家・槇島先生にそのイメージを投影しているところはあります。

それで『真理先生』みたいなのを描きたいけど、私はエロいのを描きたいから「じゃあ『官能先生』だな」と冗談を言っていて、本当に最初はキャッチコピーとか漠然としたテーマみたいに言っていただけなのが、じゃあその主人公を官能小説家にするかとなって官能先生が生まれました。

--普段から純文学に親しまれているのでしょうか。

吉田:全然詳しくはないんですが、好きです。武者小路実篤先生の作品は学生時代に初めて読んで好きで、久しぶりに再読しようと手に取りました。官能先生の準備期間には、谷崎潤一郎先生や安部公房先生、純文学ではないですが江戸川乱歩先生などの作品も読んでいました。日本映画も好きでよく観ています。特に1960年代とかその前後くらいの日本映画はよく観ています。学生の時にたまたま小津安二郎さんの映画を観て面白いなあと思っていたんですが、積極的に昭和の映画を観るようになったのは『夏の前日』を描いていた頃からです。

IMGP9077のコピー.jpg
映画の模写帳やスケッチブック。模写帳は構図などの勉強のために映画を模写しているとのこと。

IMGP9083のコピー.jpg

--作品を観る時に意識していることはありますか。

吉田:すごく客観的に観ることはあります。映画なら脚本や演出、画面のレイアウトに意識がいきます。ただ、面白かったら没頭してしまうんですが......。

--作り手の視点が入っちゃうんですね。

吉田:そうですね。けっこうぶつくさ文句を言いながら観ていることも多いしあんまり良い視聴者ではないですね。でも、小説は没頭していることが多いかな......。文章表現に注目したり客観的な視点で読むこともあります。『官能先生』で主人公の六朗さんが小説の筆写をするシーンがあるのですが、私自身もそういうことをときどきします。

創作している人への興味とリスペクト

--先生の作品には芸術家が多く出てきますが、創作している人に興味があるのでしょうか。

吉田:そうですね。一番興味があるというか好きですね。なにか作ろうとしている人に興味があります。ただ、自分にはプロの官能小説家を描けないと思っていました。エロのプロは常人と違うんじゃないかと思っていて......。だから最初は一般的な小説家という設定だったのですが、地味な小説家のおじさんと地味な女性の地味な恋愛のストーリーはいくら絵コンテを描いても担当編集者はぴんとこない様子でつまり企画が通らない。なにかフックになるものが欲しい。なのであるとき半ばやけっぱちで「じゃあ主人公は小説家、官能小説家、だから官能先生!どやー!」と宣言して、覚悟を決めて官能小説家を描くに至った次第です。

--官能小説家を描けるか自信がなかったとのことですが、どのように描いているのでしょうか。

吉田:特に実在の人物をモデルにしているわけではないので、自分だったらこう考えるかなと想像しながら描いています。完全に自分が理解できない人は描けないですね。

不思議さを演出するためのタローカード

--要所要所にタローカードが出てきますよね。

吉田:意外と誰も突っ込んでくれなかったんですよね。これはちょこちょこ散りばめてて重要なはずなんですが、大きく絡んでこないからか誰も注目してないなと思って......。タローカードを出すことで不思議な感じ、現実離れした感じを演出できたらと思っています。

最初のアイデアが蟲師からだったということもあってそういう、ちょっと人間の及ばないところの力というかそんなようなものがあるのを意識している感じです......。のちのちストーリーの中で活かすはずなんですが、なかなかそこに行き着かなくて。

--タローカードにはもともと興味があったんでしょうか。

吉田:大好きなんです。大好きなんですけど、漫画の中でタローカードを活かす手段があんまり見つからないと思っていて......ようやく描けたという感じです。

--タロットカードではなくタローカードとしているのは何故でしょうか。

吉田:ウラヌス星風先生という方がたしか1970年代だと思うんですが、タロットカードはタローカードと言うべきだということを主張してらっしゃった文章を読んだことがあります。それが面白くて。『タローカード入門』という私家版の本に纏められています。恐らくその頃は「タロットカード」が日本語として定着しかけていたんだと思うのですが、「タローカード」のほうが語感が古い感じもして楽しいかなと思ってそういう表記にしています。

描くことで知ることにつながっていく

--作品の世界観を作るためにやっていることはありますか。

吉田:『官能先生』の舞台は公表はしていないものの想定している年代があるので、書物や写真資料はすごく探したりしますね。特に古本、古雑誌もかなりお世話になっています。地道に探しています。あと、先程も言ったように映画には大分お世話になっています。古い建物や車、ファッションなどが映っているのを見るだけでちょっと幸せになれます。

ただ、映画の中の世界って現実そのまんまではないですよね。古い時代の映画であってもこれが当時の標準なんだとは思わないようにはしています。現代の映画でもこんなの現実じゃないなみたいなのってありますよね。それは現代に生きているから分かるんですけど......。あと古い考え方や価値観などを全肯定しているわけではないので古い映像を観ながらも今現在生きる自分の感覚みたいなものと常に向き合っている感じです。そんなことを思いながらめっちゃ参考にさせてもらっています。

--これを描くと古い感じが出るなとかありますか。

吉田:もともと絵柄が古いというか、新しくはないんじゃないかしらとは思っていいます......。目の描き方はあえて古い感じになるかしらと思って意識して以前と描き方を変えているところはあります。あとは、風景は描くところをちゃんと描かないと伝わらないだろうなとは思いますね。

--タローカードや日本映画など普段から触れている面、作品のために取材をする面の両面があるんですか?

吉田:そうですね。作品のための取材なのか、好きだから観ていて作品に還元されるのかどっちが先かわからない感じですね。

--自然と興味を持って調べていくと次の作品につながる情報を得られるということでしょうか。

吉田:描いているうちにどんどん興味が出てくるというか、自然と情報がひっかかる感じになります。テレビに古い映像が映っていたら、注目してつい見ちゃうというような。描いていると余計知ることにつながるなと思います。

(後編に続きます)



2021.08.31

 
               
関連情報
デザインノート
アイデア
イラストノート