「才能を信じて技術を疑え」
唯一無二の漫画家・鶴田謙二のクリエイション

「才能を信じて技術を疑え」
唯一無二の漫画家・鶴田謙二のクリエイション

インタビュー・文:村治けい

魅力的なキャラクターと、SF的でありながらどこか懐かしさのある世界観、そして表現力豊かな絵柄で、寡作ながらも熱烈なファンが多い鶴田謙二。数多くのイラストを手がけ、小説の表紙などで見かけたことがある人も多いでしょう。さらにはオリジナル漫画だけではなく、徳間書店から発売されている小説『エマノン』シリーズを原作とする漫画も描くなど幅広く活躍しています。

今回、そんな鶴田先生のクリエイションに関してインタビューを行いました。イラストと漫画の描き方の違い、カメラワークの使い方など、創作の裏側に関する貴重なお話を伺うことができました。今後、創作を目指す若い人への力強いメッセージとともに、インタビューをお届けします。

[Profile]
鶴田謙二
1961年生まれ。1984年、星野之宣を特集した「月刊ぱふ」にて、パロディまんが『豊饒の月』が掲載。その後、1986年に「週刊コミックモーニング」誌に『広くてすてきな宇宙じゃないか』を掲載し、正式デビュー。寡作で知られているが、『Spirit of Wonder』のキャラ・チャイナさんはファンも多く、アニメ化もされた。一時はガイナックスに机をもち、いくつかの企画に協力。近年はイラストレーターとしての仕事も多く、画集も複数刊行。『キャプテン・フューチャー』の新装版では全巻イラストを手がけている。

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誰のために漫画を描くのか

--鶴田先生はイラストからオリジナル漫画まで幅広く手がけていますが、梶尾真治先生の小説『エマノン』シリーズの漫画も描いています。原作付きの漫画を描くことになった経緯を教えてください。

鶴田:徳間デュアル文庫から小説『エマノン』シリーズを再販することになったときに、新しい短編を一本つけることになったんです。それを雑誌に載せるときに挿絵を描いてくれと頼まれたのがキッカケです。梶尾先生が絵を気に入ってくれて。その後、COMICリュウを立ち上げるときに漫画にしようということになって、梶尾さんに了解を得たという経緯があります。

--『エマノン』には原作がありますが、他の作品はオリジナルですよね。原作があるものとないものとで作り方に違いはありますか。

鶴田:全然違いますね。僕はあまりストーリーを重視していないところがあるんです。ストーリーって固く決めれば決めるほどご都合主義というか、予定調和っぽくなってしまうところがあって。良い悪いは別にして、なるべく軸がふらふらするように描くのが好きなんです。でも、原作があるとそういうことは許されないので話がしっかりします。あと、僕は漫画を自分のために描いているところがあるのですが、原作者がいると原作者のために描くのでそれもすごく新鮮でいいなと思いますね。

--自分のために描くとはどういうことですか

鶴田:存在証明のために描いているような、アリバイのために描いているようなところがあります。どうしても絵を描いていると自己満足に寄っていっちゃいますが、それもそれでいいかと思っています。

--なるほど。原作者がいるとその意識が少し変わるんですね。

イラストは足し算、漫画は引き算

--以前、イラストと漫画は描き方が違うとインタビューでおっしゃっていました。違いについてお願いします。

鶴田:実は、昔ほどはそんなに差は感じていないですね。求められる力量やスキルの違いはあるのですが、そういうことは諦めちゃいました。できないことはできないんだから、しょうがないやと思って描いています。漫画をイラストの方に寄せていくことであまり境界線がないようにしています。

--以前のお話では、漫画は分解して描くイメージ、イラストは組み立てていくイメージを持っているとお話されていましたが、その辺については今はいかがですか。

鶴田:それは構造上そうなっているので変わらないですね。イラストは盛って、足してという描き方だけど、漫画は足していくとどんどんモノが見えなくなっちゃうので。もし足したい場合は、次のコマに入れるというやり方なので。

漫画のコマって写真に似ているんですよ。余計なものをいかに写さないか、みたいな。だけど、イラストはセット撮影みたいな感じで、不自然にならないように足していくイメージですかね。

--なるほど。漫画を描く場合、簡略化した表現、いわゆる漫画的な表現が使われます。ただ、以前別のインタビューで、鶴田先生は記号的なものがお好きではないとおっしゃっていましたが、イラストを描くときはどうなのでしょうか。

鶴田:僕はあまり象徴的に物を描くことが好きじゃないんです。だから、物を描く時は象徴性が宿らないように描きたいんですね。具体的にあるものをあるように描くというか。そこにあるように見えるように描くことを目的にしています。

--どうして象徴的になるのが好きじゃないのでしょうか。

鶴田:僕は絵で物を表現することは、描かれたことに意味があるという象徴表現というより、受け止め方に意味があるという比喩表現だと思っています。象徴表現は絵の描き方としてあまりよくないのではないかと思っているので、それを証明したいと思って描いています。その辺は力足らずで証明できているかわかりませんが......。

--なるほど。では、こう読んで欲しいみたいな押し付けがましいのは好きじゃないんですね。

鶴田:好きじゃないですね。僕は理系の出身のくせに、答えが一つしかない問題が嫌いなんですよ(笑) でも、漫画って結局記号表現なので、象徴的になるんですよ、基本的にはね。それは分かっているんですが、そうではないやり方はないかと思って模索しています。

日頃からの取材が美しい風景につながる


--鶴田先生といえば風景が美しく特徴的ですが、情報収集はどのようにしているのでしょうか

鶴田:最初にラフを描いて、こういうのがほしいなと思ったら自分で写真を撮りに行きます。または、パソコンの中に入っている撮り溜めた写真から探して参考にしています。僕は写真が趣味なので、どこか行ったときには、必ず大量の写真を撮ります。何に使うか決めないでバカバカと撮って、あとからそれにアクセスして参考にしています。『冒険エレキテ島』の生活の写真なんかも、ほとんどうちの周りですしね。

--エレキテ島はヴェネツィアのような雰囲気ですが、そこはどうしているのでしょうか。

鶴田:ヴェネツィアやクロアチアに行ったときの写真を、ぐしゃぐしゃに合わせて使っています。

--やはり実際に自分で取材をすることが素敵な風景につながるんですね。以前、別のインタビューで、風景もキャラクターとして捉えているとおっしゃっていました。これは風景は付属品的なものではなく、作品にとって非常に大切なもの、ということでしょうか?

鶴田:そうですね。なんかね、気に入った人物が描けると、周りの情報を詰め込みたくなるんですよね。一方で、アシスタントを使う場合は、通常、人物を作者本人が描いて、後でアシスタントが風景を描くのが一般的です。でも、僕はそれができないんです。先に風景を描いてもらって、その風景を気に入ったら人物を描き入れるという方法をとっているんです。

--情報を詰め込みたくなるというのは、デッサンでいうと対象のモチーフだけではなくて、背景も描き込みたくなるみたいな感じでしょうか。

鶴田:そうそう。デッサンをするときは、モチーフが置かれている机も大事だろう、みたいな。そして、この机がどういう部屋に置かれているかも重要で、そこまで描きたくなります。余白があったら全て埋め尽くしたいみたいな感じです。あと、絵のなかにチラっと人物がいるみたいなのが好きなんです。漫画はそういう色々な描き込みができて、一つの物事に対して多方面からアプローチできるところがいいんです。ただ、最近は余白の良さもわかるようになってきました。白いところとベタ(黒いところ)でバランスを取るのではなくて、白と描き込みでバランスを取るように描いています。

--最近の鶴田先生の漫画、例えば『ポム・プリゾニエール』(白泉社)はセリフ量が少なくなってきていますよね。

鶴田:この漫画はたまたま8ページしかないので、ストーリーって描けないじゃないですか。そうすると、ネームのときにはセリフはあるのですが、絵で表現できることはセリフをカットしていくんですよ。どうしても絵では描ききれないことをセリフで足したりするので、どんどんセリフがなくなっていっちゃうんですよね。

あとは、たまたま猫が一匹と人間が一人というキャラクター構成なので、猫と人間ってそんなに言葉を交わさないじゃないですか。一人でペラペラ喋っているのもリアリティがないと思いまして。『冒険エレキテ島』なんかも意図的にセリフの無い漫画にしようとしました。あえて、会話ができるキャラクターを外したんです。

--オノマトペがないのも特徴的ですよね。書き文字が少ない。

鶴田:そうですね。それはぼくのこだわりですね。あれは漫画の表現ではあるけど絵ではないので邪魔だと思っています。

まだまだ探求中の波の描き方


--鶴田先生の描く空や水、海などはとても美しく印象的です。一つ一つ表情が違っていますよね。水や波を描くのは難しいと思いますが、どのように描いているのでしょうか。

鶴田:波って写真をトレースしても全然波に見えないんですよ。それがすごく面白いところです。形をこちらで作ってあげて、「波はこうだ!」と提示すると、見る側の記憶が喚起されて何故か「波だ」となるんですよね。リアルとリアリティの違いですね。

--白と黒の二階調でコントラストがはっきりしているのに波だとわかりますよね。下書きしたりしているのでしょうか。

鶴田:波を下書きするんですか?(笑) 筆ペンでぶっつけ本番です。10分くらいで描きます。僕の波の描き方は、星野之宣さんの真似をした時に覚えた描き方なんです。星野先生は波を描くのが超絶上手いんですよ。波頭を2つ3つ描くだけで海に見えてきちゃうくらい。だから、僕の波の描き方が素晴らしいと言われてもいまいちピンときません。もっと上手く描きたいです。

--星野先生の波の描き方は、浮世絵のような誇張した感じの表現ですよね。

鶴田:そうそう。4年くらい前に『デンキ ―科學処やなぎや』(復刊ドットコム)という画集みたいな本を出したんですが、その表紙を描く時に蛸と戦う美女を描こうという話になりました。それで波の描き方を浮世絵っぽくしようと北斎の波の絵を観察しながら描いたのですが、北斎の波は素晴らしいなと思いました。よく考えたなって。この線にはこういう意味があったんだって、よくわかって面白かったですね。

--過去のインタビューでは、塗らずに形だけで描けた水が一番上手く描けたとおっしゃっていました。

鶴田:アクリル水彩の絵は何も塗っていないところが一番明るくなります。塗りすぎてしまうと、どんどん下の紙の色が消えてしまうんですね。なるべく紙の白さが活きるように描いています。イラストボードのオフホワイトのような白がすごく好きなんですが、印刷すると真っ白になってしまうんですね。僕はそれがちょっと不満なんですよね。

『冒険エレキテ島』の2巻なんて、人物の周りが白く光っているじゃないですか。描いたときはこんな色じゃないんですが、印刷すると反射したような白になってしまうんですよ。『エマノン』の中のカラーイラストは、イラストボードっぽい色にしてくださいとお願いして、わざわざそうしてもらいました。

キャラクターの服にはあえて流行りを取り入れない


--鶴田先生の漫画に出てくる人物の服ってオシャレですよね。『エマノン』でいうとニットの編み目がものすごく緻密ですが、こだわりなどあるのでしょうか

鶴田:それほどこだわりはないです。時流とか流行りとかを入れないように苦労するくらいです。自分の絵が時代を超えてほしいというささやかな願いがあるので......。

--ファッション誌など参考にされたりするのでしょうか。

鶴田:そういうのは全く見ません。

--では、想像で描かれているのでしょうか。

鶴田:そうですね。必要なときは外に出て、誰か着ている人はいないかなと観察しています。あとは、映画とかですかね。そういえば、エマノンを描くときに日活時代の梶芽衣子さんの髪型をそっくりそのまま使いたかったので、あの時代の映画をたくさん観ました。

--『ポム・プリゾニエール』の女の子は素っ裸ですが、いやらしさを感じさせないですよね。

鶴田:あまり意識はしていないですが、裸でいることに不自然さを感じさせない描き方をしているからではないでしょうか。裸でいることに何か意味があるに違いないと思ってもらおうと、説得力をつけるために背景を描いています。それと、裸の人と裸じゃない人の会話も入れないようにしています。エマノンもよく水に潜ったり水浴びしていますが、エマノンを見ているキャラクターがその場にいないからこそできる表現ですね。

--エマノンが素っ裸で水浴びをしていて、子どもがびっくりするシーンはありますが、そのあと慣れちゃっていますよね。

鶴田:そうですね。それも自然な感じですよね。

コマに描かれない視線の設計


--今の水浴びのお話もそうですが、コマに写っていない部分も意識されて表現されているんですね。他に意識されていることはありますか?

鶴田:あとはカメラ目線を使わないようにしています。それをやるとそこに人がいることをキャラクターが意識することになってしまうので。カメラ目線にするときは対話するキャラクターがいるときにしか使わないようにしています。

--そのようなカメラワークや視線の設計はどのように学んでいるのでしょうか。

鶴田:どこで学ぶんですかね......。とにかく漫画は思いついたらやってみるって感じです。僕は、縦のパノラマが好きなんです。コマの中で縦に視線を動かす絵が好きなんですよね。それって映画からも学べないし、アニメからも学べないのでどこから持ってきたんだろうと最近になって考えています。

--屏風絵のようですよね。襖絵もそうですが。

鶴田:そういう絵って描く機会がないんですよね。でっかい絵って描くのが楽しいですから、機会があれば挑戦したいです。

情報量の多い映画が好き


--アイデアソースとして、普段からチェックされているものはありますか。

鶴田:雑誌「映画秘宝」(双葉社)を見かけると買って読むくらいですかね。

--映画がお好きなんですね。スクリーン派ですか? DVD派ですか?

鶴田:僕はスクリーン派ですね。あんまり最近行けていないですが......。最近、横長のウルトラワイドモニターというモニタをパソコン用に買ったのですが、シネラマサイズがスポンと入るのでそれが気持ちよくて。

あと最近は『シェルブールの雨傘』ばかり観ています。セリフがないので、なんとなくぼや〜んと仕事しながら観られるんです。

--シネラマって情報量が多いですよね。横長なので、右を観ていると左に何か重要なものが写っていたりとか。

鶴田:そうそう、そういうこともあります。最近は、ワイドなサイズの映画を観に行くと、全部は視界に入らないんですよね。でもそれが、探している感があって楽しいんですよね。最近だと、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は画面構成が教科書になるんじゃないかというくらいしっかりしているんですよね。あれを映画館の前から3番目くらいの席で観たら、上のほうが見えないですよね。部分的にしか見られないから、損する感じがします。庵野監督も隙間があるとダメなタイプですよね。あとはジョージ・ルーカスとか。ジョージ・ルーカスの映画は、みんなが注目しているところとは別のところに小物が置かれていたりとかね。

80年代の映画は、「スター・ウォーズ」の影響でそういう映画が多かった気がします。昔はCGではなくて絵なんで、なんでも描き込めるんですね。そうすると、つまらないいたずらをしていたりとかね。そういうのが流行っていた時期があるんです。

--なるほど。先程「情報を詰め込みたくなる」とおっしゃっていましたが、そういうところからの影響もあるんですね。

鶴田:そうですね。刷り込まれていますよね、きっと。

--好きな画家や影響を受けた画家などはいらっしゃいますか。

鶴田:加藤直之さんですかね。加藤直之さんの絵は大好きで、高校生の頃にずいぶん真似して描きました。あとは、やっぱりSF小説を子供の頃から読んでいるので、生賴範義さんの絵は刷り込まれていますよね。で、生頼さん、加藤さんと来ているんで、僕はそのあとにつきたかったですよね、本当は(笑) さすがに無理でしたね(笑)

デジタルツールを勉強中......でもアナログがやりやすい


--デジタルツールは使っていますか。

鶴田:使っていますよ。iMacでWacomのペンタブを使っています。ただ、僕はまだ下手くそで使いこなせていません。とにかく線を引けないんです。ipadも買いましたが、Apple Pencilを買えていないのでまだ使っていません。

コロナでデジタルツールが一気に普及しましたよね。担当者が直接原稿を取りに行けなかったりするので、みんなデジタルに移行しているそうです。雑誌「アフタヌーン」(講談社)の作家でアナログなのは、安彦良和先生と岩明均先生と僕の3人だけしかいないそうです。でも岩明先生もデジタルにするそうで、僕は今その雑誌で描いていないので、実質、安彦先生一人になっちゃった。

--アナログのほうがやりやすいとかありますか。

鶴田:そりゃあ、アナログのほうがやりやすいですよ。アナログは2段階に分かれているので。ためらい線は下書きのときに散々やって、ペン入れのときはためらわないっていうことができるので。

才能を信じて技術を疑え


--今後描きたいテーマや創作において挑戦したいことはありますか

鶴田:先ほども言いましたが、縦長のでっかい絵を描きたいです。それこそ、屏風とか。あと、自分の絵の課題は、サムネ映えしない点。そこを今なんとかならないかなと模索しています。僕の絵は平積みして置かれると棚の一部になってしまうんですよ。

-これから絵の方面に進もうとする人に向けて、創作の原動力や続けるためのコツなどを教えてください。

鶴田:今はTwitterなどでばんばん絵を外に出せるので、どんどん出して、自分の知り合いじゃない人からの意見を大事にしたほうが良いと思います。褒めてくれる人の意見ってあまりアテにならないので。自分をけなしている人の意見に金言が隠れていることがあります。そこを怠らずに発掘することですね。悪口を言われていたら、その悪口をのみで叩いてみると素晴らしい言葉が隠れていたりします。

あと、いつも言っているのは、自分の才能を信じること。自分の才能は疑わなくていいです。描けている段階で才能があるんだから。足りないのは技術で、技術は習得できるものです。才能を信じて技術を疑え、と言っています。才能という言葉に振り回されないほうがいいですよ。やりたいと思って一本作品を残せたら、もうそれで才能として必要なものは揃っています。失敗作をあえて作ってみることも大事ですよね。まあ、普通の人は「あえて」じゃなくて結果的に失敗作になるのですが。失敗する恐怖よりも描いてみたい気持ちが先にあれば、上手くいこうがいくまいが作品って作れますよね。その段階で才能は十分です。

--描きたいという原動力はどこからきているのでしょうか

鶴田:僕の場合は、就職したくないというのがありまして、それがものすごく原動力になりました。「満員電車はイヤ!」って。就職したくないって気持ちが強ければモノになるってことですよ。

--本日はありがとうございました



2022.04.14

 
               
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