『Vivy』の長月達平さん・梅原英司さんに聞くアニメ脚本の制作<前編>

『Vivy』の長月達平さん・梅原英司さんに聞くアニメ脚本の制作<前編>
エンタメが好きで楽しみたいから

インタビュー・文:村治けい

アニメーションを構成する重要なピースである脚本。アニメーションに限らず、映画やドラマなど、観ている人、聞いている人が話に没入し、自然と楽しみ、悲しみ、そして喜びを感じさせる空間を作り出してくれます。

今回、2021年4月から6月にかけて放送されたアニメ『Vivy -Fluorite Eye's Song-』(以下、『Vivy』)のシリーズ構成・脚本を担当された長月達平さんと梅原英司さんに、脚本の制作にまつわるお話を伺いました。お二人が協力しての『Vivy』の制作過程や工夫から、クリエイションに関する日常的なアイデア出しのことまで、脚本家を目指す人を力づけるようなお話をいただくことができました。

前編では『Vivy』の内容に触れながら、制作する上で意識されたことなどを具体的に語っていただきます。後編では作品から少し離れて、クリエイションの原点やアニメ業界・小説業界を目指す人に向けたメッセージなどをお話しいただきます。


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©Vivy Score / アニプレックス・WIT STUDIO

[Profile]
作家 長月達平
代表作は『Re:ゼロから始める異世界生活』で、同作はアニメ化もされている。他にも自身が原作の『戦翼のシグルドリーヴァ』のアニメシリーズ構成・脚本も担当。

脚本家 梅原英司
Production I.Gに所属したのちにフリーとして活動。2007年に『ゆめだまや奇談』で脚本家としての活動を開始。他にアニメ『恋は雨上がりのように』や『Re:ゼロから始める異世界生活』の脚本
なども手がける。

クリエイター同士の共作は揉める?

--アニメ『Vivy -Fluorite Eye's Song-』(以下、『Vivy』)、非常に楽しく拝見させていただきま した。歌を歌うAIであるヴィヴィが、未来からやってきたAIと協力しながら悲惨な歴史を改変するために行動するという魅力的な作品ですが、まず作品をお二人で一緒に作ることになった経緯についてお話しいただけますでしょうか?

長月:WIT STUDIOの和田さん(注:和田丈嗣。プロデューサー)から、梅原さんのほうにオリジナルアニメのシリーズ構成・脚本をやらないかってお話があったんです。「AI(人工知能)と歌」という題材があって、その時点で俺に相談をもってきてくれました。そこから二人で話し始めたのがきっかけです。

梅原:和田さんから「AIと歌」でやってほしいと提示されていました。ただ、オリジナルで、ということも あって、一人では少し不安があって。ちょうど長月さんの『リゼロ』(注:アニメ『Re:ゼロから始める 異世界生活』)という作品の脚本を手伝わせていただいた経緯もあって、声をかけさせていただいた感じですね。そこでの長月さんとの関係性であったり、長月さんの実力がすごいものだったので、ぜひやりたい、と。

--シリーズ構成と脚本をお二人で担当されたわけですが、役割の分担はどうされましたか

長月:お話の全体像を作る上では役割を分けてはいませんでした。シリーズ構成に関してはゼロから揉んでいったという感じですね。最初はワンクール12話のつもりで作り始めたので、12話全体を通してVivyというキャラクターの芯になるお話、「AIと歌」を描き、最後は心を込めた歌を歌うところに決着するのがいいだろう、ということになりました。そのために必要なエピソードを盛り込んで いくわけですが、そのエピソードの詳細、それぞれのシンギュラリティポイント(注:悲惨な歴史を回避するための大きな出来事)では何をするか、AIのシスターズ、トァクというテロリストの存在、 そして最後はどうなるか、などのシリーズ構成を二人で丁寧に積み上げていきましたね。脚本については、梅原さんに初稿をあげていただいて、本読みをしながら口出しをする、という感じでし た。

--お二人で制作する上で、難しかった点などは?

長月:幸いにして俺と梅原さんの関係は『リゼロ』でいい感じに育まれていたので、大丈夫でした。普通、クリエイターが二人いたら意見が激突して、途中でケンカ別れもありそうですよね。俺と梅原さんは好きなものが似ていたり、勘所が近いところがあって、そういう点で何かに揉めることはほぼなかったですね。「1」を説明したら「10」わかってくれるというか。こう思っているんですけど、と言ったら、ああなるほど、それならこうですよね、って。建設的な話し合いができたので、揉めることは基本的になかったですよね。

梅原:そうですね。揉めるっていう単語がふさわしい状況はなかったですね。二人で色々出し合って意見を戦わせるってことは当然あるんですけど、揉めるっていう表現からはすごい遠いところの戦わせ方だった気がします。

長月:クリエイターが二人いたらね、「わかってねぇな、こいつ」って思っちゃうときもありそうですよね (笑)。

--クリエイター同士で結婚しないほうがいい、とか聞きますよね。

長月:ありますよね。でも、幸いそういうことは起こりませんでした。相対的にシンプルというか、問題なく 進められましたね。クリエイターは基本的に自分の創作論を持っていて、創作物に関しては譲れないものが多いはずなので、今回のようなケースはあまりないんじゃないかな、と思います。有名 なクリエイターを二人連れてきて、ぽーんって組み合わせてやってみようとしてもそんなにうまくはいかないんじゃないかな。

小説とアニメの違いを意識する

--『Vivy』には原案小説もありますが、TVアニメではストーリーが変わったところがあったんですよね?

長月:俺だけの提案というわけではないんですけれど。原案小説用のシリーズ構成とアニメ用のシリーズ構成も二人でやったんですが、小説用の構成を積み上げたのはいいんだけれど、いざアニメにしようとしたとき、話数に入らないなどでアニメ的に難しい部分もありました。そこでアニメのシ リーズ構成をやり直す上で変更を加えたんですが、これに関しては他のインタビューなどでも言っていますが、俺が言い出さなくても梅原さんからも提案されていたと思います。

梅原:先ほどの相性の話にも関係しますが、長月さんがわがままで変えたとかは一切なくて。本当に面白い作品を作るため、というのが第一にあります。それを実現するためにどうすればいいか、の アイデアを出してくれる方ですよね。ストーリーの大きな変更のところはわかりやすいので話題に出やすいですが、他の細かい変更の部分も含めて、アニメーションに落とし込む上で最適な判断をしてくださって、僕もそれに乗っからせていただいたって感じですかね。

--『リゼロ』のときからテンポがいいなと感じているのですが、テンポを意識されてますか?

長月:『リゼロ』のテンポがいいかどうかは議論の余地があるかなって思うんですけど(笑)『Vivy』に関し ては、ワンクールのオリジナルアニメを作ろうとしたときに何が重要か、観てる人の興味をどう引き続けるか、それらを最初から意識してました。そのときに、例えば「CMに入る前に衝撃的な展開を持ってくる」「各話数の終わりに次に引っ張るための引きとなる展開を持ってくる」などが重要ですよね。いわゆるクリフハンガー。それらは必要だろうなと常々思っていて、これにはWeb小説 の経験が活きています。Web小説の土台としては、絵すらも、何の寄る辺もないところからスタートするので、作品の展開や冒頭での工夫、あとは毎回毎回の「ひき」で次の話数も読みたいと 思ってもらうところが重要になります。クリフハンガーをうまく使うってところに関しては、Webで習熟させてもらっていたものを、今回アニメにも流用させてもらったことになるかな。

梅原:映画ではなくテレビシリーズでやる以上、切りどころを絶対に意識しますが、その経験値に関して は長月さんが突き抜けています。エピソードは決まっているので、各話数の終わりは特に悩まなかったんですが、前半と後半をどこで切るか、そこでの最後のセリフを何にするか、そのあたりは長月さんの力が大きかったですね。

流行りものは、回る

--『リゼロ』も『Vivy』も、「救う、救われる」の関係が特徴的です。「セカイ系」にもそのような作品が多い印象ですが、意図していることはありますか?

長月:うーん、セカイ系って少し古くて、2000年代ですよね。また『天気の子』(注:新開誠監督による 2019年公開のアニメーション映画)が出てきたりなどセカイ系の流れを感じますが......。これに 関しては「今、これが受けますよね」のような話はあまりしていないですね。俺と梅原さんが、普通にこの流れが好きだったのがあると思うんですけど。『Vivy』の場合、「救う、救われる」に該当するかはちょっと怪しい気もするんですよね。基本は救われないし......どちらかと言えば、救いたいけど救えないことが多かったと思うんですけど。

--なるほど、救いというよりは悲劇の面が大きい感じでしょうか?

長月:今の時代、確かに悲劇的なエッセンス、うまくいかないという「ノリ」が受け入れられるだろうな、という感じはあります。作中のオフィーリアとアントニオの話は、俺が当初からやりたかった話なんです。オフィーリアという天才がいて、それを傍から見ているしかないアントニオという天才ではない存在がいて、アントニオが天才になり代わろうとして失敗するみたいなお話です。こういう凡人側の悲哀、ただの悪いやつのひがみは、ひと昔前なら、ぽいっ、って捨てられていたんですけど、 今はアントニオの凡人のひがみ、天才にはなれない者のあがき、それらをちゃんと描けば描くほど喜ばれる題材になるというか......。言い方が微妙ですが、みんなが負け組に共感するんですよ。

--現代の雰囲気を反映している感じでしょうか?

長月:現実で負け組だった人が異世界で活躍する異世界転生ものは社会情勢を反映している、というような話がありますよね。この話については、俺はそれに関して「んん?」って思ってます。社会情勢がどれくらい関係あるかっていうところは懐疑的です。とは言え、現在の視聴者には負け組にも共感できる感覚があるのは確かだなと思っていて、オフィーリアとアントニオの話を入れたりしています。その意味で、何も考えてなかったというわけではないですね。

--梅原さんはいかがですか? セカイ系など意識された点があったかどうか?

梅原:とりたてて考えていなかった気はしますね。今の業界だからどうこう、などは。セカイ系が具体的にどういうものかもわかってなくて......。

長月:セカイ系は、ボーイミーツガールで、ミクロな視点でみると男と女の問題だけなのに、広げてみるとセカイ全体の趨勢に影響してしまう、という感じの作品です。ハルヒ(注:谷川流『涼宮ハルヒの 憂鬱』をはじめとしたシリーズ作品)なんかもセカイ系って言われていますし、あとは『天気の子』とか。

梅原:全く考えてなかったですね。

長月:振り返って考えてみると、現代という時代を考えてはいますね。例えば「100年時間をさかのぼって問題を解決する」って概要を見たら『ターミネーター2』(注:1991年公開の映画。監督はジェー ムズ・キャメロン)を思い出すんですけど、今は『ターミネーター2』を観ていない子がたくさんいるんですよね。これまで俺たちが観た色々なAI系作品のテイストやテーマを『Vivy』には入れ込んでいるんですが、俺たちにとっては耳馴染みのしている展開や設定、AIものならこれをやるよね、というポイントを知らない子がたくさんいる。だから俺たちが好きだったものを盛り込んで、ぽんっ、って出してみたら今の子達には新鮮に映るだろうな、とはちょっと思ってましたね。

--なるほど。AIものも昔の流行を踏まえた上で、またリバイバルという感じなんですね。

長月:「流行りものは、回る」っていうことですかね。

他の制作スタッフとの協力

--お二人はシリーズ構成と脚本を担当されましたが、美術設定など他の制作にはどれくらい関わったのでしょうか? 例えば世界中のAIをネットワークで管理するアーカイブというものがありますよね。このアーカイブにヴィヴィが接続する際に訪れる部屋は、音楽室の見た目をしています。この設定などは?

長月:アーカイブが音楽室の設定であることは、こちらから話してましたよね。アーカイブのなかでヴィヴィが着ている制服の設定はエザキ監督(注:『Vivy』の監督をしたエザキ シンペイ)からですよね。

梅原:アーカイブの中では背景がちょっと水彩のぼかした感じだったり、ヴィヴィ自身も実線ではなく色線だったりと、やわらかい表現になっています。そういうところは監督だったり絵作りチームから、 ですね。こちらからはぼんやりした概要を伝える程度です。例えば、第6話の人工島メタルフロートでのバトルシーンでは「ドローンが飛んでいる」というのは書きました。ただ、ドローンが集団になって血管のように赤く光って島全体に張り巡らされて......などまでは書いていないです。ドローンがたくさん飛んでいる巨大な工場、くらいの指定でした。

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©Vivy Score / アニプレックス・WIT STUDIO

--アーカイブにAIが接続する際には、アーカイブの見た目がAIごとに変わるという設定があり、その見た目を作中では「テクスチャ」と呼んでいます。このテクスチャという概念や表現が面白いと感じたのですが、そのあたりはお二人からの発案ですか?

長月:はい、それに関しては事前に話し合っていました。アーカイブは固有の心象風景を反映している という設定で、それぞれのキャラクターと関係するだろう、と。作中では他のキャラクターのアーカイブには触れていないですけど、ヴィヴィだったら音楽に関係があるところがいいだろう、と。だからと言ってニーアランド(注:作中でヴィヴィが働いているテーマパーク)をそのまま出したら、実際にいるところとそうでないところの違いがわからないし、ただの部屋にいるのも味気ないと......。そこで、音楽室はいいんじゃないですかね、音楽室なら譜面台に今回のシンギュラリティ計画 の内容が表示されるのはどうですか、とかそういう話をしながら、さらっといい感じに決まった覚えがあります。

梅原:テクスチャはそれぞれの心象風景に近い表現になるんですけど、その設定自体は小説を書くうえでも助けられました。アニメだと何かしらの風景を実際に描けるのでわかりやすいのはもちろんですが、小説の場合でもアーカイブがそれぞれの心象風景になるってところはすごく助かっていましたね。電脳空間を描くときに、背景を適当な3Dで組むなどの「いわゆる電脳空間」みたいな表現をするのは避けたかったんです。

--避けたかった理由は?

梅原:単純に、ありふれているから、ですね。作中の最後のほうで出てくる代表格としてのアーカイブ自身の表現は、代表格ですのでそういうものでもかまわないわけです。ただ、他のキャラクターの電脳空間を描くとき、アニメーション制作のWIT STUDIOのおおもととなっているProduction I.Gの 代表作の一つである『攻殻機動隊』(注:士郎正宗による漫画作品。1995年以降、映画化・アニメ化されている)などの表現にどうしても似通ってしまうんですよね。『攻殻機動隊』の表現をそのままやるのはどうなんだろう、というのはあるので。

--それでテクスチャという概念を生み出したんですね。

長月:今から思えば、アニメに他のAIであるシスターズのアーカイブを出しても面白かったかもしれませ ん。アーカイブは心象風景なので、嘘をつけない場所です。アーカイブを見たら、そのAIが何を大事にしているかがパッとわかってしまうわけですよね。小説にはマツモト(注:未来から来たAI)の アーカイブが最後のエピソードで出てきますが、それがシンギュラリティ計画を物語っていたりし ます。アニメのテクスチャの「エモい」扱い方ができたはずなので、全てのシスターズのアーカイブに一度行ってみる話があってもよかったですね。

--今後、OVA(オリジナルビデオアニメーション)とかあるといいですけども。

長月:そうですね。『Vivy』が仮にOVAになるとしても、テレビ版のストーリーが終わった先の話ではないでしょうからね。これまでの話の補足とか、その間の出来事とかになると思うので。

--歴史の転換点、シンギュラリティポイントを100年間にわたって巡っていくという大きな流れのある作品ですが、この時間の流れを感じさせるための工夫などはどのように制作されたのでしょ うか?

長月:これに関しては、全て絵のスタッフに任せましたね。

梅原:SFの設定などに関して強いほうではなく、不勉強なので、絵のほうに任せましたね。脚本には、 立体映像が出てくるのはこの時代からとか、同じニーアランドが舞台でもここが変わっていくよ、 などは書きました。でも、具体的なテクノロジーが「ああ出て、こう出て」みたいなのは、強くは意識してなかったですね。わかりやすいところだと、服装の描き方は時間の流れを意識しやすいで すよね。ここは監督が、初期から最終話に至るまで大きく変えてくださった部分です。

長月:3枚くらい、コンセプトアートがありました。『Vivy』の時代は三段階に大きくわけられます。それぞれでおおよそ文明レベルがこうなっていますよ、というイメージボードですね。本読みの段階で、 時間の変化を描くうえでどうしましょうか、という話になって、そこで監督のほうからアイデアが出 たりして。後半だと、建築物や洋服が某ゲーム機みたいになっているんですが、そのあたりもですね。

梅原:脚本側のチームが、全体の雰囲気として徐々に経過させるということについて、なかなか苦戦しているな、と監督が感じ取ってくれたんでしょうね。監督のほうから色々と出していただいたので、 おまかせするって感じでした。

長月:本読みをしながら、未来ガジェットってこういうのがありそうですよねって話をするのは楽しかったですけど、余談の域を出ないレベルだったので。

--例えばどんなガジェットがアイデアとして出てきたんですか?

長月:例えば、未来のルンバは壁の掃除もしてくれるだろうから、ビルの壁掃除は人がぶらさがったりはしないですよねとか。夜にビルを見上げると、大量のルンバが壁を這っている(笑)

--そういうSF的なアイデアを考えるのはお好きですか?

長月:いや、俺もそのあたりはあんまりなんですよ。考えろって言われたら余談で出てきますが、俺も梅原さんも人間ドラマのほうが好きなタイプなので。付属物とか世界がどうなってるとか、掘り下げるのに熱心ではないんですね。絵作りに関しては、絵を描いてくださってる皆さんに、かなりゆだねてしまいました。『Vivy』はそれぞれがプロフェッショナルな仕事をしたという認識です。俺と梅原さんが脚本においてプロの仕事をして、エザキさんやWIT STUDIOの皆さんが絵作りに関して同じくプロの仕事をして、演者の皆さんがキャラクターに魂を入れてくれて、音楽チームが素晴らしい仕事をしてくれて。それぞれがしっかりと仕事をして、一本のお話になったというイメージなので、自分達の門外漢の部分には全く触れていないんですよ。俺たちはアフレコに毎回行ってましたけど、演者さんにディレクションなどはほぼしていないです。音楽に口出しも全然してないです し、画作りに関しても何もしていないんですよ。

--でも、アーカイブのテクスチャという発想はあったんですね。

長月:でも、これも俺たちが何も言わなくても、エザキ監督が何かしらの答えを出していたと思います。 もちろん、話が面白いのは俺たちの手柄です(笑)

(後編に続きます)



2021.09.16

 
               
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