マージョリー・リュウ&サナ・タケダ『モンストレス』

マージョリー・リュウ&サナ・タケダ『モンストレス』
日本人作家が描く、世界で高い評価を受けた超絶美麗ダークファンタジー

ライター:森﨑雅世

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『monstress』/作: マージョリー・リュウ 画: サナ・タケダ/椎名 ゆかり 訳/誠文堂新光社

圧倒的世界観と画力のハイ・ファンタジー

今回ご紹介するのはアメリカン・コミックの『モンストレス』です。

タイトルの『モンストレス』はモンスターの女性形。体内に謎の化け物を宿した隻腕の少女マイカを主人公にしたダークファンタジーです。

この作品、なんといっても絵が美しい。

アール・デコ調のデコラティブな幾何学模様。東洋風でもありながらスチーム・パンク味のある荘厳で重厚な世界観。背筋がゾッとするような"目"のモチーフ。ダーク調だけど見惚れてしまうくらい美しいカラーグラデーションに、独特の質感を与えるテクスチャー。そして黒髪の主人公マイカの毅然とした姿がなんとも印象的です。

しかも表紙だけではないのです。

本編も表紙に引けを取らないクオリティと密度で描かれているのだから驚きです。

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『monstress』/作: マージョリー・リュウ 画: サナ・タケダ/椎名 ゆかり 訳/誠文堂新光社

眺めているだけでもその世界観に目が幸せになる『モンストレス』は、ストーリーも読み応え抜群です。

主人公マイカが存在する世界ノウン・ワールドには、人間、エンシェント、アーカニック、古い神々、ネコの5つの種族が住んでいます。獣人であり恐ろしい魔術と不死の力を持つエンシェント。人間とエンシェントとの混血であり、人間から迫害されているアーカニック。人間やアーカニックの争いからは一歩引いた立場に身を置く知性のあるしゃべるネコ。そしてアーカニックが信奉する古き神々。これらの種族が争いの歴史を繰り返し、それが現在でも続く世界。人種間の抗争がきな臭い雰囲気を漂わせるなか、主人公マイカは身の内に潜む化け物と自分の出生の謎を解き明かすための旅に出ます。

本作の脚本家であるマージョリー・リュウさんは、中国系アメリカ人。

中国で第二次世界大戦を体験した祖父母から、飢え、人体実験、強姦、占領、植民地化といった戦争の悪夢を聞いていたと語ります。

そんな彼女の頭のなかでふと浮かんだひとつのイメージ。

戦場でボロボロになりながらも怒りの表情で佇むひとりの少女。

そのイメージが『モンストレス』の構想につながったと言います。

日米女性クリエイターの合作

『モンストレス』は世界で数えきれないほど多くの賞を受賞しています。

漫画界のアカデミー賞といわれるアメリカのアイズナー賞では2018年に5部門受賞(最優秀継続シリーズ賞、最優秀10代向けコミックス賞、最優秀ライター賞、最優秀アーティスト賞、最優秀カバー・アーティスト賞)という快挙を達成するとともに、アイズナー賞と双璧をなすハーベイ賞でも2018年にブック・オブ・ザ・イヤーを受賞。そのほか、ファンタジー、ホラー、SF作品を対象とした英国幻想文学大賞グラフィックノベル部門で2年連続最優秀賞(2017年2018年)、最も歴史が古いと言われるSFの文学賞であるヒューゴー賞グラフィックストーリー部門では3年連続最優秀賞(2017-2019年)に輝くほか、ワシントンポストやニューズウィークなどのベストコミックにも選ばれています。

このように世界で高く評価されている『モンストレス』ですが、作画を担当されているタケダサナさんは、日本出身・日本在住の日本人なのです。

日本人アメコミ・アーティストとしてのキャリア

タケダサナさんはゲーム会社である株式会社セガにキャラクターデザイナーとして勤務。その後、独立してフリーランスとしての活動を始めますが、自分の絵柄が日本よりもアメリカで受けると感じるようになります。そこで、そのときスパイダーマンやアベンジャーズなどで有名なマーベル・コミックが作画アーティストを募集していることを知り応募。アメコミ・アーティストとしての一歩を踏み出しました。

2020年10月に放映されたNHKの「逆転人生」という番組に登場されたタケダサナさんは次のようなことを語っておられました。

マーベルで仕事を始めた当初は得られる反応は良いものばかりではなく、酷評を浴びせられることもあったそうです。しかし、次第に彼女の画に惹かれていく読者も出てきました。

「表情が"いい"」と。

そしてベストセラー作家のマージョリー・リュウの目に留まります。

彼女が思い描いていた「怒れる少女」のイメージを具現化することのできるアーティストとして。

『モンストレス』の主人公マイカが抱える感情。混血児として人間から迫害された幼少期。身体の中に巣くう謎のモンスター。死んだ母親。出生の秘密。彼女をつけ狙う敵。親友との別れ......。怒り、困惑、親愛、殺意、悲しみ。数々の苦難が待ち受けるマイカの内に渦巻くさまざまな感情をタケダサナさんは丁寧に描いていきます。

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『monstress』/作: マージョリー・リュウ 画: サナ・タケダ/椎名 ゆかり 訳/誠文堂新光社

ダークなストーリーの癒やしポイント

ダークで美麗なビジュアル、戦渦の怒れる少女を主人公にした重厚なストーリー、とこう書くとある意味とても重たい作品と思われる方も多いでしょう。しかし『モンストレス』の魅力はそれだけではありません。

『モンストレス』は良質な「モフモフ漫画」でもあるのです!

過酷な運命を背負った主人公マイカの相棒とも言えるキッパ。キツネのケモミミとしっぽを持った愛くるしいアーカニック(人間と獣人エンシェントとの混血)で、ややもすると重たく沈みがちなストーリーに癒しを与えてくれます。

そして知性のあるしゃべるネコのマスター・レン。味方なのか敵なのか、マイカの旅にくっついてくる真意は謎に包まれていますが、見た目はしっぽが二股にわかれているだけのカワイイ猫ちゃん。

さまざまな獣の姿をした獣人エンシェントも、モフモフ好きには堪らない存在です。

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『monstress』/作: マージョリー・リュウ 画: サナ・タケダ/椎名 ゆかり 訳/誠文堂新光社

ケモナーにとっても見どころ満載な『モンストレス』。ぜひお気に入りのモフモフを探してみてください。



2021.07.14

 
               
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