リトルサンダー『わかめとなみとむげんのものがたり』

リトルサンダー『わかめとなみとむげんのものがたり』
香港の大人気作家が描く、愛と暴力と運命の物語

ライター:森﨑雅世

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写真:『わかめとなみとむげんのものがたり』/リトルサンダー 著/野村麻里 訳/株式会社リイド社

海外漫画の魅力に憑りつかれて

こんにちは。大阪・谷町六丁目の路地裏で書肆喫茶(ショシキッサ)moriという海外コミックス専門のブックカフェをひっそりと営んでいるものです。

私が初めて海外のマンガを知ったのは、2016年に開催されたルーヴル美術館特別展 「ルーヴルNo.9 ~漫画、9番目の芸術~」。フルカラーの迫力あるビジュアル、日本のマンガとは一味違うストーリーテリングやコマ割り、異国の文化や歴史に基づくテーマ性......。たちまち海外マンガの魅力に憑りつかれてしまい、その素晴らしさをたくさんの人に気軽に楽しんでもらいたくて始めたのが当店です。

店をオープンした2019年7月、一冊のアートブックが発売されました。それが『LITTLE THUNDER ART BOOK SISTERHOOD』(玄光社)です。

リトルサンダーとの出会い

香港の漫画家・イラストレーターのリトルサンダー(門小雷)の作品集。前半は、むっちりと肉付きのいい、露出は高いけどいやらしさを感じさせない健康的な女の子たちのイラスト。後半には短編マンガが掲載されています。一見、日本の女性漫画誌に載っていてもおかしくない雰囲気だけど、どこか懐かしく、どこか異国情緒あふれる画風。日本のマンガの影響はもちろん、アメコミとかバンド・デシネ(フランス語圏マンガ)とか色々なものがごちゃまぜに混ざり合っている。アジアでありながらアジアでない香港の街そのもののイメージ。リアルだけど、すぐ隣にリアルじゃない異世界が広がっているような、不安と期待が入り混じる不思議な感覚。それが私とリトルサンダーとの出会いです。

リトルサンダーといえば、2020年に『推し、燃ゆ』(河出書房新社)で芥川賞を受賞した宇佐美りんさんの『かか』(河出書房新社)の表紙イラストをご存じの方もいらっしゃるかもしれません。もしくは東京・大阪のPARCOで開催された原画展「Little Thunder Solo Exhibition "SCENT OF HONG KONG"」を観にいったという方もいらっしゃるかも。

今回紹介するのは、イラストレーターとしても大活躍の彼女が久しぶりに描いた長編マンガ『わかめとなみとむげんのものがたり』です。

世界で読まれている愛憎と運命の物語

『わかめとなみとむげんのものがたり』は、2019年に広東語版と英語版が自費出版され、翌年の2020年に日本語版がリイド社から翻訳出版されました。海外のマンガが一年で翻訳されるというのは、かなりのスピード出版です。

リトルサンダーの経歴は少し変わっています。1984年生まれの彼女は、2010年にベルギーのマンガ出版社Kanaから『Kylooe(カイロー)』(全3巻)を出版し、外務省主催の第4回日本国際漫画賞で入賞しました。しかし、香港の出版社は彼女の作品にあまり興味を持ちませんでした。そこでデザイナーのKATOL(カトル)氏と組んで自費出版で作品を発表していきます。自分たちの手で美しい本を作ろうと、印刷や製本すべてひとつずつ考えながら。

『わかめとなみとむげんのものがたり』もそんな作品のひとつです。

主人公の少女「わかめ」は、母親の亡霊に憑りつかれた父親に襲われているところを「なみ」に救われます。父親を殺した敵である「なみ」のもとで複雑な思いを抱えながら成長する「わかめ」。そして復讐を遂げ「なみ」を手にかけた瞬間、「わかめ」は彼を愛していたという、自分のほんとうの気持ちに気づきます。「次に出会ったら...わたしを殺して...」。わかめとなみ、時と世界線を越えて、愛しあい、殺しあう運命の恋人たちの物語です。

読者を楽しませる製本のこだわりと世界観

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写真:『わかめとなみとむげんのものがたり』/リトルサンダー 著/野村麻里 訳/株式会社リイド社

序章・終章と4つの章から構成されるこの作品は、各章で異なる作画と彩色が施され、それに合わせて用紙まで変えるこだわり。そんな凝りに凝った装丁が日本語版でも見事に再現されています。

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写真:『わかめとなみとむげんのものがたり』/リトルサンダー 著/野村麻里 訳/株式会社リイド社

ちなみにページの右端に描かれている「わかめ」の姿。これはパラパラ漫画になっています(笑)。しかも単なる飾りではなくストーリーに密接に関係してくるのです! 単行本で刊行する作品ならではの工夫ですね。

海藻の髪飾りをつけた「わかめ」の造形もちょっと不思議ですが、日本刀と機関銃を手にした学園ものだったり、お父さんがナマズになったり、頭に花が咲いたり......なんとも奇妙奇天烈な世界観。けれどどの章でも、愛しあいながらも運命にがんじがらめになって傷つけあわなければならない二人の暴力的な愛と悲憤が描き出されます。

今、目の前にある問題へのまなざしとともに

このマンガが描かれた2019年。香港は民主化運動の真っ最中でした。大規模な市民デモと、それを鎮圧しようとする警察との対立をニュースで見たことがある方も多いでしょう。私はリトルサンダーのInstagramで、彼女がシリトルサンダーェアするストーリーの投稿で毎日それを見ていました。自分たちの愛する香港を死守するために生まれる暴力、流血......そんなさなかに描かれた本作には、彼女の中に渦巻く、どうしようもない悲しみ、怒り、そしてどうしようもない運命を打ち破りたいという強い願いが込められている。だからこそ読むものの心を強く揺さぶるのかもしれません。



 
               
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